AERA 2024年8月12日-19日合併号より

言語のコードを変える

 女性はそのときの成功体験を、仕事の別の場面でも生かしている。コミュニケーションを取りにくい相手に対しても青森弁をあえて使うことがあるという。

「頭が良すぎて早口で一気に話す人が、威圧的に感じてしまい私は苦手。そういう人が『資料の28ページを見てください。それは──』などと早口で食い気味に言ってきたときには、『えーと……どごのことですかね……』とか、相手のペースに巻き込まれないためにわざとゆっくり、青森訛りで対応したりしています」

 なぜ、女性の「あえて方言」はうまくいったのか。国立国語研究所教授の石黒圭さんは、聞く側が自分の地元の方言を大切に「生活の言葉」で語ったことがポイントだと分析する。

「基地問題をはじめ、沖縄の人たちは本土の人間が押し付けてくるものに蹂躙されてきた歴史があります。青森弁によって『この人は何かを東京の文脈に合わせて引き出そうとしているのではない』と感じることができ、心を開いたのでは」

 一方、早口への対応については「スピーチアコモデーション理論」(相手によって自分の話し方のスタイルを調整する)で石黒さんは説明する。相手に言葉を近づけて寄り添う「コンバージェンス」と、逆に距離を取る「ディバージェンス」という二つの方向性があるという。

「方言というのは、基本的には『中』にいる人とは近づくけれど、『外のグループ』の人とは遠ざかる言語です。頭の回転の速い人に標準語でまくしたてられたとき、『あなたの頭の中で流れている時間と、私の中で流れている時間は違うよ』と、言語のコードを変えることで距離をとる。それが自分の身を守ることにもつながったのでしょう」

方言が「キャラ」を作る

 方言をどう使うかは「自分のキャラをどう作るか」にもつながるのだと石黒さんは言う。

「私たちの日常での行動は、たとえば服装選びにしても『自分がどんなキャラで、どう見られたいか』『人とどういう関係を築きたいか』を表すもの。私たちが発する言葉一つ一つも同じく、『自分がどういう人と親しくなりたいか』をキャラとして示しているものなんです」

 標準語キャラとして挑むときと、方言キャラとして挑むときとでは、それぞれ「見せたい自分」が違う。つまり言葉においても、見せたい自分やなりたい自分というキャラクター作りを、「相手にどう思われるか」も常に考えながら、決めていく。

「それが上手にできる人が、本当のコミュニケーション上手。仕事の中でデリケートなテーマでも人から話を引き出せるし、商談でも相手といい関係を作れて、結果的にいい取引ができる人なのではないかと思います」

(編集部・小長光哲郎)

AERA 2024年8月12日-19日合併号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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