現在社会で不良たちの居場所はどこにあるのか。格闘技以外にはろくなものがない、というのが朝倉未来の見立てである。だから朝倉は格闘技を使って不良たちの居場所を豊かなものにしようとしている。朝倉のYouTubeが注目を集めたきっかけは、地元の愛知県豊橋に戻った朝倉が不良たちに「けんかしない?」と声をかけ、ジムに呼んで打ちのめした後、居酒屋で語りあうという内容だった。朝倉にとってYouTubeは連帯のツールなのだ。不良時代の仲間をいまもスタッフにしている朝倉には、自分だけが次のステージに駆け上がるという発想がない。彼の口癖は「格闘技を盛り上げるために」であった。格闘技界全体が彼にとっては「共生の場」なのである。

〈不良の結社〉〈格闘技〉〈成り上がり〉元不良の選択肢を書き換える

 不良少年だった時代を経て社会をまっとうに生きる時期にさしかかった元不良たちには、あまり豊かな選択肢はない。そのある程度なごやかな典型は、〈地元〉〈仲間〉〈お店〉であった。やんちゃをしていた時期をすぎてとりあえずまともに働き、気心の知れた地元の仲間と、いきつけの店でなごむというものだ。朝倉は、この〈地元〉〈仲間〉〈お店〉を〈不良の結社〉〈格闘技〉〈成り上がり〉に書き換えようとしている。

 しかし、格闘技の競技者に元不良がちらほら(大勢?)いることは確かだろうが、レベルが高くなると、トップアスリートでなければ務まらないのが現実である。この実情を鑑みて、朝倉は、一流にはなれない不良たちのしのぎの場、不良たちの結社として、ブレイキングダウンを運営しているのだろう。「俺くらい金を稼いでいる格闘家はいない」。大谷翔平なら決して口にしない、こんなせりふを朝倉未来は時折吐いたし、高級車を乗り回す映像をプロモーションに使ってもいた。〈地元〉〈仲間〉〈お店〉以外の可能性を指し示すために、品がないとわかっていながらも、そうする必要があると思ったからではないか。

 先ほども述べたように、朝倉未来が引退を表明したのは、競技者としての自分の正体を見てしまったと思ったからだ。しかし、彼は単に1競技者として生きてきたわけではない。彼にはもうひとつの野望、この社会をうまく生きられない不良たち、そこそこの大学を出て就職することができないような者たちにとっての〈語り場〉ではなく〈叫び場・殴り場〉を作り、それが金を産む構造を築きあげることだった。

 だからこそ、選手としては引退するが、さまざまな形で格闘技には関わっていくつもりだ、と朝倉は表明している。しかし、朝倉のまわりに生じていた磁場は、彼が自分の肉体を使って戦うことによって生まれていたもの、競技者としての実存ゆえに生じていたものでもある。引退した後もこの磁場を維持できるのか、それは僕にはわからない。ただ、弱まることはまちがいないだろう。

 むしろ、いったんは敗者としての烙印を押されながらも、勝ったり負けたりしつつ、戦い続けることで、前とは異なった、しかし前よりも強烈な磁場を生む可能性はあるのではと考える。と同時にそれは、朝倉にとっては残酷な選択であるような気もする。そして、もしそれが可能だとしても、その物語は朝倉未来ひとりでは紡ぎ出せないものだと想像する。朝倉未来がもたらすマーケットを失いたくなければ、RIZIN側もそれを必死で模索するべきだと思う。

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榎本憲男

榎本憲男

和歌山県出身。映画会社勤務の後、福島の帰還困難区域に経済自由圏を建設する近未来小説「エアー2.0」(小学館)でデビュー、大藪春彦賞候補となる。その後、エンタテインメントに現代の時事問題と哲学を加味した異色の小説を発表し続ける。「巡査長 真行寺弘道」シリーズ(中公文庫)や「DASPA吉良大介」シリーズ(小学館文庫)など。最新作の「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)は、オール讀物(文藝春秋)が主催する第1回「ミステリー通書店員が選ぶ 大人の推理小説大賞」にノミネートされた。(写真:中尾勇太)

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