7月に事実上の引退宣言をした朝倉未来氏
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格闘家、朝倉未来が引退を表明した。このところ負けが目立っていた朝倉氏の引退を「当然」と見るむきもある一方で、「総合格闘技界全体に影響を与える事件」と評するのは小説家・榎本憲男氏。本人によるコラムをお届けする。

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 先日、7月29日におこなわれたMMAの大会、超RIZIN3にて、朝倉未来が敗れ、引退を表明した。これは、1選手が競技から身を引くということにとどまらない、総合格闘技界全体に影響を与える事件である。

 念のため、総合格闘技というものをごくごく簡単に紹介しておこう。殴る蹴る、投げる、関節技を決めるなど、なんでもありに近い形で行われる格闘技である。空手やキック・ボクシングのような打撃、レスリングのようなタックルや投げ技、そして柔道のような関節技を自由に繰り出しつつ「総合的に」戦う。「総合」と短縮されることもあり、英語ではミックスド・マーシャルアーツ(Mixed Martial Arts)と言い、略してMMAと呼ばれる。以下、ここではMMAと記す。

「MMA界にとって大問題」 業界をけん引した朝倉未来の真価とは

 日本におけるMMAの最もメジャーな団体がRIZINである。RIZINの興行は地上波で放送されなくなってからも、高い人気を維持し、先日開催された超RIZIN3は4万8千人を動員するビッグイベントとなった。そして、この成功の要因のひとつに朝倉未来の出場があったことは疑いようがない。もっと言えば、RIZINは朝倉未来を中心に回ってきたのである。その朝倉未来が引退を表明した。

 しかし朝倉未来は、長きにわたってトップの座に君臨し、全盛期を過ぎた時点で若いチャレンジャーに敗れて引退を表明したわけではない。朝倉未来は確かに強さが魅力の選手ではあったが、戦績だけを見れば、べらぼうに強かったとは言いがたい。むしろ、ここのところはいいところナシの負けが目立ち、今回の試合も、自分では絶好調をアピールしつつも、激闘にもならずあっさりとノックアウトされてしまった。

 ならば、なぜ朝倉未来の引退が、MMA界にとって大問題なのか。それは、彼のまわりに強烈な磁場が生じており、その磁場が物語を生み、物語の周辺にマーケットが生まれているからである。この磁場の消滅はMMAの衰退につながりかねない。このようにファンや関係者がどこかで恐れているのである。

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榎本憲男

榎本憲男

和歌山県出身。映画会社勤務の後、福島の帰還困難区域に経済自由圏を建設する近未来小説「エアー2.0」(小学館)でデビュー、大藪春彦賞候補となる。その後、エンタテインメントに現代の時事問題と哲学を加味した異色の小説を発表し続ける。「巡査長 真行寺弘道」シリーズ(中公文庫)や「DASPA吉良大介」シリーズ(小学館文庫)など。最新作の「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)は、オール讀物(文藝春秋)が主催する第1回「ミステリー通書店員が選ぶ 大人の推理小説大賞」にノミネートされた。(写真:中尾勇太)

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