蒸し米にかけられる麹菌。米の中に菌が繁殖することで麹ができる
蒸し米にかけられる麹菌。米の中に菌が繁殖することで麹ができる

「昨日も飲んだけど、今日の方がもっとうまい」と飲み手に感じてもらいたかった。

 ウイスキーのようなアルコール度数の高い蒸留酒は開栓後も味は変わりにくいが、そこまで度数が高くはない醸造酒である日本酒やワインは空気に触れると酸化が進む。客に少しでもいい状態のまま長く飲んでもらうために、うまさを感じるピークの時期を後ろにずらした。

「栓を開けてから味が穏やかに伸びるように最初からあえて、わずかに硬い酒を造っている。熟成ワインではないが、空気に触れることで少しずつ味が膨らむようにしている」

 松崎は、秘訣(ひけつ)をそう話す。

 松崎にとって、ずっと切磋琢磨してきたライバルが同じ福島県にいる。古殿町で「一歩己(いぶき)」を造る矢内賢征(36)。矢内もまた、昨秋の県の鑑評会で1位(純米酒の部)に輝いた若手の実力者だ。早稲田大学政経学部を卒業した09年に実家に戻った。酒造りに加え、地域おこしにも力を入れる。大正時代築の酒蔵をキッチンつきの交流施設に改造し、地元の人たちに開放している。

 東北の酒造にとって東日本大震災が大きな転機になった。酒造りのあり方そのものを変えた東北の酒蔵は少なくない。

 宮城県大崎市で「宮寒梅」を造る寒梅酒造は当時、震度6強の揺れで酒蔵が壊れ、廃業も視野に入った。心機一転して安酒の普通酒造りをやめ、すべて純米酒に切り替えた。38歳の社長、岩崎健弥は言う。

「酒屋から『取引したい』と来てもらう酒をめざそうと、蔵からの営業を一切しないと決めた」

 盛岡市にある赤武酒造の6代目、古舘龍之介(30)が震災後に造り始めた「AKABU」は、岩手県を代表する全国銘柄に躍り出た。蔵は震災前、海沿いの大槌町にあった。町は津波にのまれ、盛岡で再建させた。

 古舘は震災時、東京農大の1年生だった。杜氏を引き継いだのは14年。「若者が手にとってくれる酒」をめざして立ち上げた銘柄「AKABU」は、その3年後に岩手県の新酒鑑評会で1位になった。蔵の生産量は震災前の倍を超す。

 古舘の酒造りを支えたのは、今の蔵の向かいにある岩手県工業技術センターだ。醸造技術部門を担う入庁14年目の職員、佐藤稔英(なるひで、44)が実用化につなげた麹菌が大きな武器になった。名前は「NO.36株」。日本酒業界の中で、ここ最近の大発見と言われている。この麹で造られた酒は「和三盆の上品な甘さと軽快な後口」が特徴で、業者への注文が相次ぎ増産が追いつかない。

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