全国のベテラン杜氏たちと勝負をはれる若手の造り手が増えてきたのは、地元の醸造研究機関が酒造りを下支えしているからだ。全国新酒鑑評会で福島県の酒蔵が都道府県別の金賞受賞数で9連覇したのが象徴的だ。酒処の会津若松市にある福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターの名物科長(現在は福島県日本酒アドバイザー)だった鈴木賢二(61)が、ハイテク酵母を使った「必勝方程式」を築き、県内の蔵元たちに浸透させた。夏の気候をもとに、その年の酒米の状態まで予測する。

 地方の多くの産業が後継者難に苦しむなか、日本酒業界では「後継者問題」という言葉は聞かれない。

■優れた技術で造る酒、「勝機」は必ず来る

 酒造りの手法自体も変わった。会津若松市で全国区の「冩樂」を造る宮泉銘醸の蔵の中には、大学の最新実験室のような分析室がある。アルコール度数、酸度、日本酒度(糖度)、アミノ酸度……。酒を仕込む醪の発酵度合いを見極めるのに必要なデータを20分ほどで測れる分析器が並んでいる。

 毎朝、タンク内の醪を蔵人たちが採取し、濾紙(ろし)でこしてビーカーに取り、成分を調べる。

 醪の温度を上げるべきなのか、下げた方がいいのか。発酵をより促すための追い水をいつ打つべきか、醪をすぐに搾った方がいいのか。その年の米の特徴と、これまでの経験、そして、計測したデータを踏まえ、社長兼蔵元の宮森義弘(46)が指示を出す。

 蔵を継ぐ前は、東京の会社でシステムエンジニアをしていた。機器を導入する前、計測は手作業だった。担当する蔵人ごとに数字はばらついた。酒質を安定させるためには正確なデータが必要だった。

 その宮森は、特A地区の山田錦を精米歩合20%まで磨いた「冩樂 純米大吟醸 極上二割」という、四合瓶(720ミリリットル)で税別2万1千円という高額な酒を武器に海外への日本酒の普及を狙う。蔵には取引を求める英語の電話が頻繁にかかってくる。

 宮森は言う。

「海外で思う存分に暴れるにはニューヨークなど、海外に支店がいる。それこそ、気心が知れて自分の分身になれる弟や同級生が10人ぐらいいてくれたらと思う。上場したり、M&A(企業買収)したりして会社を大きくする必要もある。そこが中小蔵の限界ではあるが、日本酒はワインよりもはるかに優れた技術で造られている。世界から求められる日は必ず来る」

(文中敬称略)(朝日新聞記者・岡本進)

AERA 2023年4月10日号より抜粋