福島県古殿町で「一歩己」を造る矢内賢征(右)と天栄村で「廣戸川」を造る松崎祐行。同志であり、ずっと切磋琢磨してきたライバルだ(撮影/写真映像部・松永卓也)
福島県古殿町で「一歩己」を造る矢内賢征(右)と天栄村で「廣戸川」を造る松崎祐行。同志であり、ずっと切磋琢磨してきたライバルだ(撮影/写真映像部・松永卓也)

「国酒」でありながら、チューハイや第3のビールに押されてシェアは落ちる一方の日本酒。でも、若手の造り手たちの躍動が、そう遠くない日に、世界に旋風を巻き起こす新時代の到来を予感させる。AERA 2023年4月10日号の記事を紹介する。

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「日本酒ブーム」と言われてきながら、データで見る限り、日本酒業界自体が完全な斜陽産業になっている。国税庁が毎年出している「酒のしおり」で酒の種類ごとの「販売(消費)数量」(沖縄県分は入らず)の推移を見てみると、1970年度と2020年度では、シェアはこう変わった。

 最も増えたのは「リキュール」だ。チューハイのほか、「金麦」や「本麒麟」といったテレビコマーシャルでよく見られるようになった「第3のビール」の多くが含まれ、0.3%から32.7%に達した。0%だった「発泡酒」も7.5%。焼酎も甲類、乙類を合わせると4.1%から9.3%に。ワインが含まれる「果実酒」も0.1%から4.4%に増えた。

 一方で、首位だった「ビール」は59.4%から22.9%に減った。これは、発泡酒や第3のビールの台頭による影響をかぶった形だ。「ウイスキー・ブランデー」も2.7%から2.2%に落とした。最も減らしたのは、日本酒が該当する「清酒」だ。31.3%から5.3%まで大幅に落ちた。

 だが、日本酒の若手の造り手たちの間に悲壮感はない。福島県天栄村で「廣戸川(ひろとがわ)」という銘柄の酒を造る松崎祐行(ひろゆき、38)は言う。

「日本酒業界が斜陽産業だとは全然思っていない。5年後、10年後、20年後の自分を考えるだけでワクワクする」

 松崎は、東日本大震災があった11年に杜氏(とうじ)になった。26歳だった。4年目の14年、市販酒でナンバーワンの酒を選ぶ「SAKE COMPETITION」の「FreeStyle」部門で1位に輝いた。有名銘柄をまったくの無名の若手が抑えたことで、全国でも一躍注目株になった。

■うまさ感じるピーク、「究極の居酒屋酒」めざす

 松崎がめざすのは「究極の居酒屋酒」だ。居酒屋で飲まれることを前提に、新しい一升瓶の栓を開けて4日目にうまさのピークを迎えるように酒を造っている。開栓後は抜群にうまいのに翌日に飲むと、劣化を感じる酒は珍しくない。有名な銘柄の酒を店で注文し、口にすると「あれっ、もっとうまかったはずなのに」と首をひねったことが、松崎はたびたびあった。

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