しかし、父は全く違う一面も持つ。40歳を過ぎてから会社を辞め、大学院博士課程に入りなおした父は、当時はまだ珍しい学生と兼業主夫を始めた。家事炊事育児を引き受けた父は、「男は外で稼ぎ、女は家庭を守る」という未だに私たちの意識の奥底にある常識から、驚くほど自由で柔軟であった。毎日ご飯を作り、洗濯物があると自作の「パンツの歌」を口ずさみながらノリノリで畳む(「わたしのパンツは~、あなたのパンツで~、あなたのパンツは~、わたしのパンツよ~」という意味の分からない歌である)。掃除と茶碗洗いは少し苦手なようであったが、そんな父の自由な姿に私たち姉弟はどれだけ影響を受けただろうか。
 

◎          ◎ 

お茶目さでいうと、最近ではこのようなことがあった。

現在私は体調を崩し入院している。母は、下着やTシャツ、洗剤など実用的なものを差し入れしてくれた。それに対して、父が「まよ、お見舞だよ」と持ってきてくれたのは、なんと実寸大のフグのぬいぐるみであった。しかもデフォルメされたキャラクター然としているような可愛いやつではない。あくまでも超リアルで、あまりのリアルさに少し不気味さを覚えるようなものなのだ。
「地元のおもちゃ屋さんに行ってね、娘が入院しているからぬいぐるみが欲しいって言ったら、これを薦められたんだ」と父は語る。なぜ30歳になった娘の見舞いの品になぜぬいぐるみで、そしてなぜフグなのか。頭の中に同時にいくつもの疑問が浮かんだが、笑顔で押し殺して「ありがとう」と父に伝えた。

しかし意外や意外、フグのぬいぐるみは、お医者さんや看護師さんから大好評を得る。私の病室を訪れるお医者さんや看護師さんから必ず「これ何????」「お父さん面白過ぎる」と反応され、大人気となるのだ。父に好評を伝えると、「そうだろうそうだろう」と大満足。さすが看護師で助産師である母と35年連れ添っただけあり、医療従事者のウケの取り方をばっちりと心得ているのである。フグと父、恐るべし。
 

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