「共働きや一人暮らし世帯が増え、週末や夜間の配達ニーズは高まる一方です。そんな中、残業規制を厳密に守ろうとすれば、いま以上に利用者のニーズに応えられなくなります。こうした認識や覚悟が利用者にはあるのでしょうか……」
戸惑いがちにこう話すのは、大手宅配業者で10年余の配達員歴のある男性(44)だ。真っ黒に日焼けした肉厚の手のひらに思わず視線がくぎ付けになる。男性はこう吐露した。
「残業規制は全く守られていません」
配達員が圧倒的に足りない中、ギリギリの人員で何とかやりくりしているのが実情だという。
男性が配達を任される荷物は1日150個前後。午前8時に配送センターに出勤し、2トントラックに荷物を積み込んで都内の担当エリアに向かう。配達を終え、配送センターを経由して帰路に就くのは午後9時過ぎ。12時間を超える勤務時間中は常に配達や集荷、伝票チェックに追われ、車内で弁当を食べる時間を確保するのがやっと。それでも配達しきれず、夜8時以降は個人事業主の委託業者に荷物を引き継ぐ。
「午後9時半に届けろ」
毎日1~2割は不在のため再配達に回る。心が折れそうになるのは、再配達の指定日時に届けても不在の人がいること。「昨日も2件ありました」と男性は声を落とす。
過重労働の負担をさらに重苦しくするのが、利用者の上から目線の態度や過大要求だ。再配達のトラブルで多いのが「家にいたんだけど……」と連絡してくる利用者。月に5、6人はいるという。「インターホンを2回鳴らさせていただきました」と伝えると、中には「だからインターホンが鳴ってねえんだよ。今度からは電話しろよ!」とキレる人も。
忘れ難いのは、花を発注した飲食店の男性店主。指定された時間帯の午後7時過ぎに訪ねても不在だった。不在連絡票を見た店主は「うちは午後9時を過ぎないとオープンしないんだよ。午後9時半にもってこい!」とものすごい剣幕(けんまく)で連絡してきた。営業時間外だと告げても納得しない店主に音を上げ、帰宅途中だった男性はもう一度、制服に着替えて再配達した。何事もなかったように「そこに置いといて」と指示する店主に男性は怒りがこみ上げたが、表に出ないよう必死でこらえた。「会社は理不尽なクレームにも弱腰ですから」と男性はこぼす。