JR小田原駅東口、通称「金次郎口」に設置された二宮金次郎像=小田原市、米倉昭仁撮影
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 6月24日、兵庫県三木市は二宮金次郎が一般競争入札で落札されたと発表した。落札額は55万円。柴を背負って本を読み歩く金次郎少年の像は、昭和初期から「勤勉」の象徴として全国の小学校に建てられた。入札には全国の「金次郎ファン」から問い合わせがあった。

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金次郎の大ファンが落札

 金次郎像を落札したのは兵庫県相生市の福田勉さん(80)。これまでに高さ30センチの金次郎像を15体も制作し、周囲に広めてきたほどの大ファンだ。

「二宮金次郎こと、二宮尊徳は本当の偉人です。なので、めちゃくちゃうれしい」

 そう像を獲得した喜びを語った。今後は経営する事業所の一角に像を設置するという。

 金次郎像は台座を含めて高さ1メートル、重さ23キロ。三木市の旧東吉川小学校に1959(昭和34)年に設置されたが、2022年の閉校にともない今年4月、同市は金次郎像の入札による売却を発表した。すると、数十件の問い合わせが寄せられた。

「二宮金次郎に詳しく関心がある方や、出身校に金次郎像があって思い入れがあるとか、皆さん、それぞれのご縁で興味を持っているという印象を受けました」(同市財産管理係の稲岡拓之さん)

 二宮金次郎の出生地・神奈川県小田原市の報徳博物館の田中修学芸員は、「自治体が金次郎像を売却するのは非常に珍しい」と言う。

 博物館名の「報徳」とは、二宮尊徳が道徳と経済の両立を説いた日本式経営の源流で、渋沢栄一、豊田佐吉、松下幸之助、稲盛和夫など、名だたる実業家や経営者が影響を受けた。

売却された二宮金次郎像=兵庫県三木市提供

金次郎像は減っている?

 金次郎とは、江戸時代末期に荒廃した農村を立て直した「再生請負人」だと、田中さんは言う。

「山で柴(燃料にする木の枝)を拾い、小田原の街で売るなどして、24歳の若さで両親の死去で失った家や田畑を取り戻した。それを小作人の耕作地にあて、自身は武士の屋敷で働いて現金収入を得た」

 開墾して数年間は年貢が免除になった水田で収穫した米や金の貸し付けを行い、資産運用にも努めた。そうした金儲けのノウハウを惜しげもなく他の人に伝える気前の良さもあり、人脈を広げた。

「たぐいまれな経営手腕が買われ、晩年は幕臣に登用され、疲弊した農村の自力再建に取り組んだ。今であれば、起業や金融の教育に金次郎を取り上げてもいいかもしれない」(田中さん)

卒業記念として小学校に贈呈された二宮金次郎像=米倉昭仁
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