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 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は女たちの生きざまに見る、もはや「地獄」化した街・東京について。

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 朝、バス停に並んでいたときのこと。私の2人前くらいに、お母さんと手をつないでいる5歳くらいの女の子がいて、その子が「バスまだかなまだかな〜」と大きな声で歌っていた。女の子オリジナルの歌。女の子の声はどんどん大きく、テンポはどんどん速くなっていき、そんな自分の歌声に女の子自身が興奮しちゃって、歌いながら時々笑い声も交じっている。

私は手元のスマホを見ながらその子の歌をなんとなく聞いていたのだが、突然、「うっせーんだよ!」と野太い声が私に降りかかってきた。

ハッ?と顔をあげると、目の前に眉間に深い皺を刻んだ女性(肌の感じでは40代?)が、女の子に背を向ける形で、それでも母親にはハッキリと聞こえる程度の音量で、うっせーんだよ、と吠えているのであった。

 バスに乗る気が失せ列を離れ、少し歩くことにした。けっこうな衝撃で心臓がばくばくしているのがわかる。子どもに本気でキレる大人の姿は見慣れているつもりだった。それなのにバスを諦めて歩くくらいにショックを受けているのは、それは多分、彼女が女性だったから、なのだと思う。

もし、「うっせーんだよ!」と言ったのが男性だったら、私は何も考えず反射的に「いい加減にしたら?」と注意してしまうくらいのフェミニストではある。友だちに「危ないから見知らぬ男性を注意しないほうがいい」と言われても、身体が動いてしまうのだ。それでも私は女性には何も言えない。女性だから子どもに優しいわけではないのは当然の前提で、子どもの声にキレるくらいに壊れてしまっている女性を目の前にしたときに、かける言葉が何一つ思いうかばなかった。

 この話を会社でしたところ、「街でキレる女」の話になった。あるスタッフは、電車の中でオジサンにキレる女性(40代?)がいたという。隣の席の中年男性の新聞が邪魔だったらしい女性が「腕があたるんだけど! 朝からいらつかせないでよ!!!!」と車内に響く大声を出していたという。言われたオジサンのほうはその剣幕に怯みパニックになっていたそうだ。別のスタッフは、ちょっとうれしいことがありケーキを買って自宅に帰る途中、向かいから歩いてきた女性(50代?)に「笑顔がむかつくんだよ!!!」とどつかれたという。

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もし彼女が男だったら