ヒトゲノムプロジェクトが完了した今でも、残りのぼう大な文字が何を意味しているのかはよくわかっていません。ただし最近の研究成果では、意味不明な文字にも重要な意味が込められていそうだと次第に明らかにされつつあります。
ともあれ問題は、レシピにあります。このレシピは、かなり使いづらいのです。何よりもの弱点は、そのまとまりのなさです。
たとえばフレンチのコース料理(=特定のタンパク質)を作りたくても、そのレシピはひとまとまりにされていない。種類別に並んでいないのです。そのためコース料理をきちんと作ろうと思えば、あちこちのページに書かれているレシピをそれぞれ参照する必要があります。
とはいえ、手助けになる目印はある。たとえばその料理本には、「フレンチ」などといった付箋紙が貼られています。その付箋紙をたどって必要なレシピが書かれているページを参照していけば、きちんとフレンチのコース料理ができあがる。
ところが、もし料理本を長年にわたって使い続けているうちに付箋紙がはがれてしまったり、あるいはいったん落ちた付箋紙を、誤って違うページに貼り直してしまったりすると、どうなるでしょうか。フレンチのコースは作れなくなるでしょう。
レシピ本の文章そのもの(=DNA)には何も変化は起こらず、一文字も書き換えられてはいません。けれども付箋紙の位置が不正確になったため、要するに参照すべきレシピを関連させられなくなってしまう。よって、本来できあがるはずの料理が完成しなくなる。このような付箋紙の混乱(=情報の変化)が、「エピゲノム」に相当します。
その一方で、レシピ本の文章そのものが書き換えられてしまったり、ページそのものが抜け落ちたりすると、そのときには食べられない料理ができてしまいます。こうした状態が、遺伝子変異によって起こるさまざまな疾患やがんの発症などといえるのです。
老化の原因は、このエピゲノムつまり付箋紙の変化ではないかと考えられています。だとすれば、付箋紙の位置を正しいところに戻せばいい。言い換えれば、エピゲノムを制御できれば、老化を抑制できるということです。2023年にシンクレア博士らは、こうした若いエピゲノム情報が失われていくことで老化が進んでいく概念を「The Information Theory of Aging(ITOA)」と呼び、総説を書いています。