エピゲノムという後天的要因
前述の通り、ウェルナー症候群もハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群も、先天的な遺伝子変異による病気です。約2万3000個ある遺伝子。そのわずか一つの突然変異によって老化が進む。したがって老化という動的変化に、遺伝的要因が絡んでいるのは間違いありません。
しかし一卵性双生児の研究によれば、遺伝的には全く同じであっても寿命はそれぞれ異なるのは前章で述べた通りです。たとえ遺伝的背景が同一でも、生まれてからの環境によって寿命は変わります。仮に、一卵性双生児の一人はアメリカで脂っこいものばかりを食べて育ち、もう一人は幼少期からイタリアに移り住んで、長寿食とされる地中海食を食べ続ければ、人生模様は異なります。事故やがんにでもならない限り、イタリアに移住したほうが長生きする確率は高い。
何度も繰り返しますが、食事や運動習慣、睡眠などで寿命は変わるのです。科学的な見地からも、老化に与える遺伝的な先天的要因は20%未満にとどまり、残りの8割強は環境や経験といった後天的要因であることが明らかになっています。
ならば、後天的要因によって身体に生じる違いとは、一体どのようなものなのか。
それが「エピゲノム」です。
エピゲノムとは、遺伝子の変化ではなく、遺伝子の発現の仕方の変化を表す言葉です。
遺伝的には全く同じはずの一卵性双生児に起きる変化は、まさにエピゲノムによるものです。エピゲノムこそ、環境によって後天的に変化する情報だといってもいいでしょう。
エピゲノムを料理本に喩えれば
そもそも「遺伝子の発現の仕方が変わる」とはどういうことでしょう。
たとえば、ヒトのDNA全体を1冊の分厚い料理本だとします。この料理本の文字数は全部で32億(=DNA、すなわち塩基対の総数)あり、その中に約2万3000のレシピ(=遺伝子、すなわち特定のタンパク質の作り方)が書かれています。このレシピに使われている文字の総数は全文字数の1.5%、ざっと6000万文字ほどになるといわれています。