「エピゲノム」という言葉をご存じだろうか。遺伝子の発現の仕方の変化を表す言葉で、より良い老化を実現するためには重要なキーワードだ。生命科学者の早野元詞氏は、「エピゲノム」を料理本に喩えることで老化の後天的な要因を解説する。早野氏の新著『エイジング革命』(朝日新書)から、一部抜粋・再編集して紹介する。
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アシュリーの教え
さまざまな論文を調べている中で、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群に罹ったアシュリー(アシュリー・ヘギ〈Ashley Hegi〉1991年生まれ、2009年没)の存在を知りました。テレビのドキュメンタリーで紹介され、『アシュリー—All About Ashley』(扶桑社/2006年)という本もあるので、ご存じの人も多いと思います。
アシュリーは、健常人の10倍近い速度で老化が進み、17年の生涯を終えました。けれども決して人生を悲観したりしなかった。
「生まれ変わっても、また自分を選ぶ。だって、私は私であることが好きだから。(I’ll choose me again,because I like who I am.)」
そういって笑うアシュリー。たとえ長生きしたとしても15年ほどで死を迎えなければならない病。幼い頃からそれを熟知し、「誰だって完璧じゃないもの」と事実を受け入れる。そんな彼女は小さな生き物を愛し、周囲に毎日笑顔を与えていた。
プロジェリア患者として「異例の長寿」といわれた彼女の一生は、老化の謎に一つの答えを与えていました。
人は、「何年生きるかではなく、いかに生きるか」なのだと。
生きている時間の過ごし方が、人間の老化であり成熟なのだと。
だとすれば、できるだけ長くより自分らしく生きることができれば、老化に対する観念が変わるのではないか。科学とイノベーションによって、時間の価値を高められるのではないか。次第にそんな思いに突き動かされ、老化研究を専修としたのです。