「素直さ、かな。泉水ちゃんの歌詞からは、華美なデコレーション、自尊心、虚栄心をいっさい感じません。彼女の心の語るままに紡がれた純度の高い言葉がつづられています。作品を装飾しがちなエンタテインメントの世界で、貴重な存在です。世の中には、エヴァーグリーンとして聴き継がれる曲、歌い継がれる音楽があります。大ヒットしても、一時の流行で懐メロ化する音楽もあります。どんな音楽がエヴァーグリーンになり得るのか――。それは、歌詞にも、メロディにも、サウンドにも無駄がない作品だと、私は思っています。それを考えると、泉水ちゃんは、時代が変わろうとも揺るがない、そのままリスナーのハートに寄り添ってくれる絶対的、普遍的な存在でした。等身大でぶれることのない泉水ちゃんが今生きていたら、どんな言葉を作り、歌っているのか。願いがかなうならば聴いてみたい」

 坂井さんが音楽と向き合う姿勢は、デビューから最後までまったく変わらなかった。

「ふだんは柔軟性のある女性です。でも、自分の音楽には完璧主義者でした。常に理想を追い求め、絶対に妥協しない。周囲がなんと言おうと、核がぶれることはない。芯の強い性質です。クリエイティヴなことにいっさい手を抜かないところは、僭越ながら私にも似たようなところがあり、共感を覚えました」

 大黒さんは、d-projectにゲスト・ヴォーカルとして参加した。d-projectとは、長戸プロデューサーが大阪を拠点に活動するビーイング・グループのGIZA studioの作家や若手ミュージシャンを集めたプロジェクトで、その第1弾として、2016年に『d-project with ZARD』をリリースした。このアルバムは、ZARDの曲を坂井さんのヴォーカルを生かしてリアレンジし、レコーディングしている。

 その全14曲中11曲で大黒さんがゲスト・ヴォーカルとして歌う。

「いつか坂井と大黒を並べて歌わせたい」

 長戸氏のこの思いがCDで実現した。

「私にとっても大切な曲、『揺れる想い』も歌いました。ヴォーカル・ブースの中で泉水ちゃんの声が響き、一緒に歌えた時は、胸が震えた。傍らに彼女がいて、私に微笑みかけてくれているように感じました」

(文/神舘和典)

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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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