啓発活動の効果の実感は、偶然ともいうべきか、すぐに得られた。研究所を設立して間もなく新型コロナが流行。マスクが着けられない人がいることに注目が集まり、加藤さんが考案した、「マスクがつけられない意思表示カード」や肌に触れずに口元を覆う「せんすマスク」はメディアにも多く取り上げられた。
22年にはアパレルブランドを立ち上げた。
「パーカーとTシャツ、靴下の開発をしていて、タグはなくし、縫い目は外側に出すなど、着心地のいい服を目指しています。SNSで縫製の会社を募ったり、直接アプローチしたりして制作していますが、繊維会社さんからこの生地はどうですかと提案をいただくこともあります。自分で見て触って、試着もしながら開発を続けています」
販売は主にオンラインで。パーカー、Tシャツ合わせて、これまでに1千着近く売り上げた。
この先目指すのは、五感すべてを網羅して対策するサービスの提供だ。
「視覚や聴覚の過敏さには、イヤーマフ(防音保護具)やノイズキャンセリングのイヤホン、調光レンズといった商品があり、完璧ではないにしても対策を取れるようになってきています。ただ、嗅覚や味覚、触覚について解決できる対策商品がまだないんです」
加藤さんが今、力を入れているのが、センサリールームやカームダウンボックスと呼ばれる五感に配慮した空間づくりだ。音や光やにおいといった刺激をなくすことで落ち着きがもたらされる。将来的にはショッピングモールなどへの設置を目指す。
持続的に投資できる形
今、さまざまな大学と共同で研究しながらも、企業として利益も追求する。NPO法人ではなく企業という形にしたのも、利益をもとにさらに研究・開発を進め、持続的に投資していける形が理想と考えているからだ。
加藤さんの頭の中には、十数年後の理想の未来がある。当たり前に他人の感覚にも配慮できる社会が実現し、究極的には感覚の過敏さを自由にコントロールできるデバイスがある未来だ。
「今は感覚過敏がただ単につらい『症状』ですが、そのつらさを解消できれば、鋭い感覚によって小さな変化にも気づける『才能』になるんじゃないか。仕事をするときには少し過敏モードで、日常生活ではオフにするといったことができるようになったらいい。そのために研究を続け、私が32歳になるころまでに解決できればいいと目標を立てています」
目の悪い人のために眼鏡というアイテムができ、それが個性として認められるようになったように、感覚過敏も一つの個性として尊重する。感覚過敏という言葉すらも不要な社会になれば、多様性ある社会の実現にぐっと近づく。(編集部・秦正理)
※AERA 2024年6月10日号より抜粋