ヒコロヒーさん(Photo:TAKUYA SAKAWAKI)
ヒコロヒーさん(Photo:TAKUYA SAKAWAKI)
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 歌人・俵万智さんのX(旧Twitter)での投稿「ヒコロヒーさんの小説が、ほんっっっとうに良くて、恋する誰かと語り合いたい。」に「読みたい!」の声が殺到し、ヒコロヒーがつづる短編恋愛小説集『黙って喋って』の緊急大重版が決定いたしました。重版を記念して、収録第1作「ばかだねえ」を公開いたします。〈ごめん。もう傷つけたり悲しませたりしないから〉と口にしながら何度もやらかす彼氏を、いつも許してしまう主人公。彼氏の愚痴を言いながら、結局いつもヨリを戻してしまう女友達、あなたの周りにもいませんか? あまりのリアルさに、身に覚えのある方は要注意です。

*  *  *

「ばかだねえ」

「ごめん、綾香。ごめん。俺が最低だったと思う」

 彼の声と、その表情を、これまで何度、そしてこれから何度、浴びていくことになるのだろうかと、彼の後ろに乱雑に貼られている、たこわさ、とか、唐揚げ、などの文字が筆で書かれている札状の紙を見つめながらぼんやりと考えていた。

 居酒屋の一隅で重たくぬかるんだ空気が私と理玖の間を漂い、鼻から息を吸えば肺にまでそのぬかるみがへばりつくようで呼吸をするのも億劫になった。

 テーブルの上に置かれたボイルドサラダはひとつひとつの野菜がさっきよりも彩度が下がって味気なく見える。真っ赤だったはずのトマトはダークブラウンになり、鮮やかな緑色のレタスは黒っぽくなる。そうして色彩を失っていく料理を眺めることは、いつものことだった。次に意識を向けた時にはきっとこの取り皿が歪んでいる。そうしてまたしばらくすれば、周囲の客の話し声は次第に蝉の鳴き声に少し似て聞こえてくる。これはいつものことで、全て、既に、知っていることだった。

「わかった」
「ごめん、本当。ごめん」

 眉間に皺を寄せ、目を細めながら、奥歯が痛いみたいにしてそう言う理玖の表情もいつものことで、小さく頷いた私もまた、嫌になるほど、また、いつものことだった。

「もういいよ。反省してるなら」
「本当? 本当にごめん。もう傷つけたり悲しませたりしないから。本当に、綾香のこと大事にするから」

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「え? 結局またより戻したの? なんで?」