工事と言えば、水海道の国道沿いに立てた電信柱が、まだ残っていた。電話局から地下を通ってきた電話線をパイプに入れて地上へ出し、電信柱の上の箱へ上げて、その中で反対の方向へ分離させた。
関東に住んだのは、初めてだった。「知らない土地、知らない人々、知らない言葉」に囲まれて、しんどさがいくつもあった出発だ。なのに、半世紀近くたっても、新人が手がけた電信柱がちゃんと立ち、全国の電話網の一端を担っている。一瞬、黙って箱を見上げた。どんな思いが甦ったのか。問いかけにくいものが、体から発していた。
「IOWN」に懸ける世界の舞台への進出延びた睡眠が原動力
2018年6月、NTTの社長に就任。NTT東日本と西日本、NTTドコモなどを傘下に置く持ち株会社のトップだ。持ち株会社は資金調達や買収、最先端技術の研究開発など、各事業の相乗効果を図ってグループ全体の成長戦略を練る役だ。
いま情報通信技術を駆使した世界のビジネスやサービスの舞台は、巨大化した米国のネット関連企業に支配されている。日本勢が世界へ進出するには、新しい技術で、新しい通信サービスを提供しなくてはならない。
社長になった翌年、「IOWN」(アイオン)と呼ぶ構想を掲げた。グループの研究所が手がけた「光技術をあらゆる情報処理基盤に使う」という研究開発の成果を得て、半導体の間も中も、電子よりはるかに速い光子を送る。技術的な説明は省くが、消費電力が激減し、スマホに使えば、充電が数カ月に1度でよくなる可能性がある。多種多様なアプリケーションの速度や簡便さも、飛躍的な変化を遂げるだろう。
2022年6月に会長就任。日常業務が減り、睡眠時間が平均4時間から6時間へ増えて、次への原動力になりそうだ。一つの電話線を工事すれば日本中の電話網につながるわくわく感は、IOWNの実用化へ向けて膨らんで、『源流』は世界へと流れていくかもしれない。(ジャーナリスト・街風隆雄)
※AERA 2024年5月20日号