「おでんがお好きなのですか?」
「愛子さまには、いま私と暮らしている猫のことを聞かれたので、『おでん』という名の猫がいて、『どんどん太っている』とお伝えしました。すると、『幸せな猫ちゃんですね。どうしておでんというのですか。おでんがお好きなのですか』と聞かれました。言われてみれば、おでんとは変な名前ですね」
そう、横尾さんは笑った。
おでんと横尾さんの間には特別な思い出がある。
「最初は3匹姉妹だったのですが、おでんが交通事故に遭って、大ケガをしたので、この子だけを自宅で飼うことにしたのです。でも、おでーん、おでーんと外で呼ぶのは恥ずかしく、僕が家で『おでんを食べたい!』と言っているように近所の人は思うんじゃないかな」(横尾さん)
名残惜しい気持ちに
愛子さまとお会いするのは初めてだったが、天皇、皇后両陛下とは文化功労者との懇談会でお会いしたことがあり、今回は2度目だ。
「文化功労章の際は、雅子さまとお話しする機会はなかったのですが、部屋を引き取られる時に、わざわざ近づいて来られて、ご自分の耳に手を当てながら、僕の難聴をいたわる言葉を掛けて下さったことに感動してしまいました」と横尾さん。
そして今回、初めて言葉を交わし、猫についてお話しされる雅子さまを「非常に身近に感じた」。「昔からの知り合いと世間話をしているような」感じになったと、横尾さんは語る。
「とても親しみやすくて、僕も調子に乗りそうになりました。けれど、皇后陛下ですから節度を持つよう自分に言い聞かせました。雅子さまが次の方のもとに進まれる際は、名残惜しい気持ちになりました」
それほどに猫談義は盛り上がったのだ。
生きとし生けるものはすべて尊い
横尾さんにはある確信がある。天皇ご一家は、横尾さんが猫好きであると知っていた。けれども、話を合わせるだけのために猫の写真を準備したり、自分たちが飼っている猫の話をされたりしたのではない。
その確信を、横尾さんは「霊性」という言葉を使って表現した。
「天皇ご一家は、人間や猫の区別はなく、生きとし生けるものはすべて尊いと感じていらっしゃるのだと思います。つまり、霊性の世界を日常としておられるように思いました。われわれの世界は分別の世界で、何でも白黒つけたがります。しかし、本来は区別のない無分別の世界で生きるべきです」