源氏物語』と同時代の『和泉式部(いずみしきぶ)日記』は、歌人和泉式部と敦道親王(あつみちしんのう)の恋の経緯を描く作品だ。二人の交わした和歌をふんだんに織り交ぜながら、大人同士の恋を綴る。二人にはそれぞれ夫と妻がいる。加えて和泉式部は、親王の死んだ兄ともかつて所謂(いわゆる)不倫関係にあった「恋多き女」である。敦道親王はもとより高い身分に加え、次期皇太子とも噂される政治的局面にあって、それでも、見事な歌才を持つ彼女に強く惹かれてしまう。

 初めて契った翌朝、彼は帰宅後即座に文をおくった。「今こうしている間も、君がどうしているか気にかかる。不思議なほど恋しい」。彼が詠んだ歌は

《恋といへば世の常のとや思ふらん今朝の心は類ひだに無し(恋と言えば、あなたはどこにでもあるものとお思いでしょう。でも僕の今朝の想いは、他のどんな恋とも比べ物にならないものなのです)》

 親王は和泉式部より少し年下で、恋に慣れていない。それでも彼女のこれまで体験した恋とこの恋とを、天秤にかけてほしくない。少なくとも自分にとっては、どんな恋より激しい恋なのだ。これに和泉式部が返したのが次の歌だ。

《世の常のことともさらに思ほえず初めてものを思ふ朝は(どこにでもあるものだなんて、絶対に思えませんわ。こんな気持ちは今までなかったこと。初めてここまで恋に悩む、今朝なのです)》

 恋多き女に正面から挑む男、「これこそ初めての恋」と受けて立つ女。危うい恋と知りつつ踏み出す、真剣勝負の後朝の贈答だ。

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