世界最古の長編小説として知られる『源氏物語』。そこには多くの恋愛が綴られ、当時の恋愛観が緻密に描写されている。平安文学研究者・山本淳子氏の著書『平安人の心で「源氏物語」を読む』(朝日選書)から一部を抜粋、再編集し、恋愛における平安時代の習慣を紹介する。
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恋の“燃え度”を確かめ合う、後朝(きぬぎぬ)の文
「きぬぎぬ」とは、「衣衣」のことだ。愛の一夜を共に過ごした男と女の、めいめいの衣をいう。褥にいる間、衣は二人の体を覆っている。だが愛の時間が終われば、二人はまたそれぞれに衣をまとう。だから「きぬぎぬ」は、逢瀬(おうせ)の翌朝、二人きりの時間の終わる時をも指すことになった。
「しののめのほがらほがらと明け行けばおのが衣衣なるぞ悲しき(東の空が晴れやかに明けてゆくと、もうそれぞれの衣を着る時間だ、悲しいこと)」という和歌がある(『古今和歌集』恋三詠み人知らず)。「ほがら」は現代語では明朗な性格をいうが、古語では晴れ渡った空の明るさをいう。この歌の作者は、おそらく男だろう。いまだ恋の名残を残した心は別れの悲しみに曇るのに、空はどんどん明るさを増す。あまり明るくなっては、女のもとを去るのに人目について恥ずかしい。つれない空に泣きたいような気持ちなのだ。
この「きぬぎぬ」の時間に相手におくる恋文が「後朝の文」。現代のカップルの、デート終了後に交わすメールとよく似ている。駅で手を振って別れたら、電車に乗る前にもうメール。ラブラブな二人なら当然ですよね。平安時代も全く同じで、後朝の文が早く来るのは恋心の強さの証拠。男たちは女と別れて家路につくや否や、その道中からもう和歌を考え始める。恋とは結構忙しいものでもあるのだ。