市販されるフォントは発売後どう使われるかわからない。日常生活の中で突然自分がデザインしたフォントに出合うこともあるという(撮影/編集部・川口穣)
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「会いたい人に会いに行く」は、その名の通り、AERA編集部員が「会いたい人に会いに行く」企画。今週はタイプディレクターに乱筆を何とかしたい記者が会いに行きました。

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「どえりゃ〜 名古屋 金シャチフォント」

 そう書かれたボードの文字は、止めやハネ、払いが特徴的で、躍動しているかのようだった。

「名古屋城の金シャチをイメージして作ったから、金シャチフォント。名古屋の都市フォントとして開発したものですよ」

 そう迎えてくれたのは、タイプディレクターで、このフォントの生みの親でもある鈴木功さん(56)だ。文字に付く飾り「うろこ」はまさに、名古屋城天守閣を飾る金の鯱(しゃち)の堂々たる反り返りを見ているよう。鈴木さんが構想した「都市フォント」プロジェクトの第1弾として2009年につくり始めた書体だ。

「地域や都市の文化を取り入れ、アイデンティティーを凝縮したフォントをつくってみたいと構想したもので、地域ブランディングにも使われ始めています。金シャチフォントのあと、『濱明朝』(横浜)、『東京シティフォント』も開発しました」

 フォント、つまり文字の書体デザインは、生活のあらゆる場にある。雑誌や書籍、テレビ番組のテロップ、駅の案内板、商品パッケージなど様々なところで目にする文字はどれも、誰かがデザインしたフォントが使われる。和文の実用フォントだけで数千種類に及ぶという。一方、普段文字を読むとき、書体にまで気を配ることは多くない。意識されなくても生活に根付く、文字を編む仕事。どんな思いで取り組んでいるのか聞きたくて、鈴木さんに会いに行った。

「空気がきれいとか、水がおいしいとかって言うでしょう。文字もそれと同じなんですよ。その場に適した最高の書体が使われれば、人は心地よく感じます。そんな心地よさを求めて仕事をしています」

 鈴木さんは2001年、フォント制作会社タイププロジェクトを創業し独立。最初の大仕事は、デザイン誌「AXIS」の専用フォントとして手掛けたAXIS Fontの開発だった。独立前から構想し、01年に誌上でお披露目されたあと、03年に一般発売。「うろこ」がないサンセリフと言われる書体で、視認性の高さに特徴がある。開発当時、「UD(ユニバーサルデザイン)フォント」という言葉はほとんど使われていなかったという。ただ、目指した方向性は今のUDに通じるものがある。20年以上経た今も防災アプリや私鉄の案内板などに採用され、目にする機会も多い。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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