もともと囲碁は非常に複雑で、直観的な判断を要求されることの多いゲームであり、その世界チャンピオンは直観に強い思考回路を持っていたはずだ。一方で、AIは過去の膨大なデータから、最も勝つ確率を高める次の一手を計算することはできても、今まで経験したことのない一手に対する適切な対応は取れなかったということだ。

 ここにこそ、AI時代を生きていく現代人の思考法に向けたヒントがある。

 過去に前例のない事態を迎えた時には、その出来事の「意味」を考えて、過去の意味記憶ネットワークに落とし込んで新たな解釈を加えていく直観的思考が重要になってくるだろう。そして、さらにそれを柔軟に変えていける人がAI時代にはますます求められてくるはずだ。

 囲碁がいかに複雑なゲームだとは言え、きっちりと決まったルールの中で、相手はただ一人と対戦するわけである。多要素からなる実社会で不特定多数の人間を相手に展開する活動においては、それとは比較にならないくらいの複雑性があり、過去の学習データを超えた創造性こそが勝ち抜く条件となってくる。そして、その創造性から得た新たな経験さえも、どんどんネットワークに加えて変えていける力が求められる。

 それを生み出す方法が、脳を広く使った直観的思考なのである。

 人間の直観力を最大限に生かす習慣とは? 朝日新書『直観脳』で詳述している。

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岩立康男

岩立康男

岩立康男(いわだて・やすお) 1957年東京都生まれ。千葉大学脳神経外科学元教授、現在は東千葉メディカルセンター・センター長。千葉大学医学部卒業後、脳神経外科の臨床と研究を行う。脳腫瘍の治療法や脳細胞ネットワークなどに関する論文多数。2017年には、脳腫瘍細胞の治療抵抗性獲得に関する論文で米国脳神経外科学会の腫瘍部門年間最高賞を受賞。主な著書に『忘れる脳力』(朝日新書)がある。

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