佐藤さんが天皇陛下に初めてお会いしたのは、陛下がまだ20代の青年のころ。英オックスフォード大に留学中だった陛下が、ロンドンで開かれたウィンブルドン選手権の観戦に訪れ、選手として出場していた佐藤さんに声をかけたことで交流が始まった。
日本プロテニス協会の第1号女子会員である佐藤さんは、日本の女子テニス界を先導してきた存在。世界のプロトーナメントで活躍する日本の女子テニス選手がほとんどいない1976年に全豪オープンダブルス準優勝、翌77年に同オープンシングルスでベスト8入り。ウィンブルドンでも長く戦い、引退後は日本プロテニス協会理事長などを務め、後進の育成に力を注いでいる。
そして陛下と佐藤さんの交流は、40年近く続いている。その間に陛下と雅子さまのご結婚、そして長女愛子さまの誕生と成長という家族の風景を見守ってきた。
心配した陛下が「そろそろ休憩を」
佐藤さんが見続けてきた愛子さまは運動、テニスが好きで、そして真面目にテニスに向き合ってきた。
小さな頃から、テニスラケットを握り続けてきた愛子さま。それでも高校生ともなると、学校の課題や予定で忙しくなってくる。ご家族でテニスの約束をしていても、
「勉強が忙しく、やはり参加できない」
と、愛子さまから伝言が来ることもあった。
しかし、陛下と雅子さま、そして佐藤さんがテニスコートで汗を流していると、学校から帰宅した愛子さまが合流してくることもあった。
あるときは愛子さまが、佐藤さんにこう質問してきた。
「フォアハンドが、しっくりいきません」
佐藤さんが少しだけアドバイスをしてみると、勘がよく、飲み込みも早い。そしてパワフルなフォアハンドは、愛子さまの武器になったという。