ただ、実際に外交と経済を両輪として展開された第二次安倍政権の対露外交は明らかに失敗であった。安倍政権の主たる戦略は、首脳外交と8項目の経済協力プランによって日露関係を改善し、北方領土問題の解決とロシアの中国依存を軽減することであったと思われるが、これらの目的はいずれも達成されていない。そして、ロシアにおいてプーチン政権が継続する限り、このような状況は大きく変わらない、とここでは仮定することにする(もちろん、新たな外交・経済的アプローチで状況を変えうるとの考え方は成り立つが、本書のテーマ外である)。

 したがって、より現実的に想定されるエンド・ステートは、現状維持ということになろう。日露間には多くの懸案が残り続けるが、軍事的緊張をこれ以上高めることなく「冷たい平和共存」のようなものを維持し続けるということである。

 また、2022年に公表された『国家安全保障戦略』が述べるように、日本にとってより喫緊の課題は、中国の急速な軍事力拡張と北朝鮮の核・弾道ミサイル開発への対処と抑止であるとされている。したがって、ロシアとの「冷たい平和共存」を維持するための戦略は、対中国・北朝鮮戦略のリソースを圧迫するものであってはならない。これまで述べたとおり、ロシアからの直接的な軍事的脅威は決して高いものではないからだ。

対露抑止力をどう構築するか

 以上から導き出される日本としての対露戦略はどんなものだろうか。概ね二つのレイヤーが想定されよう。

 まず、安全保障外交である。日露関係の劇的な改善が難しいという前提の下で考えるなら、求められるのは、(1)欧州においてロシアの次なる侵略を抑止することと、(2)抑止が破れた場合でも戦争のエスカレーションを避けること、(3)仮に(2)の事態が生じてもインド太平洋地域で中国や北朝鮮が冒険的な行動をとることがないよう抑止力を維持すること、の三点である。

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