このうちの(1)と(2)において重要なのはユーラシアの東西における安全保障上の協力関係をより密にしておくことで、例えばNATOと日本の間における安全保障環境認識のすり合わせ(対話)、弾薬や戦略物資等の相互融通や機微技術の共同管理に関する体制づくり(制度化)が想定される。

 一方、(3)の眼目は、オーストラリアや韓国といった、直接的な同盟関係にない国々との間でも同様の体制を構築することで、米国の抑止リソースが欧州正面に集中投入されている状況下でも対中国・北朝鮮抑止力の低下を最小限に抑えることにある。

 次に、より軍事的な抑止戦略である。ここでの重点はロシアの能動防御型攻撃を比較的低いコストで無効化ないし低減できる能力に置かれねばならない。前述のように、日本にとってのロシアの脅威はあくまでも二次的なものだからである。また、日本は懲罰的抑止力(報復能力)の保有を現在まで認めていないから、これは拒否的抑止力(敵の攻撃が所期の効果を挙げない能力を持つことで抑止力とするとの考え方)に基づく必要がある。

 このように考えたとき、真っ先に選択肢に挙がるのは統合航空ミサイル防衛(IAMD)能力の獲得・強化であろう。有事に予想される航空機・巡航ミサイル・弾道ミサイルの集中的な攻撃に対処すべく整備が進められているIAMD能力は主として中国や北朝鮮の脅威を念頭に置いたものだが、これはそのまま、ロシアの能動防御戦略に対する拒否的抑止力としても機能しよう。

 繰り返すが、日露間における軍事紛争の可能性はそう高いものではない。抑止力の本丸はあくまでも中国と北朝鮮への対処なのであって、なるべく安く、「ありもの」で対露抑止の信憑性を高めることが日本にとっての戦略的課題と言える。

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小泉悠

小泉悠

小泉 悠(こいずみ・ゆう) 1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員を経て、東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』(ともにちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『ウクライナ戦争の200日』『終わらない戦争』(ともに文春新書)などがある。

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