捕手としてベストナインに1度、ゴールデングラブ賞に6度輝いた

 野球殿堂博物館(東京都文京区)は1月18日、2024年の「野球殿堂入り」を発表し、谷繁元信氏(53)が「競技者表彰プレーヤー部門」で選出された。谷繁氏は大洋(後に横浜、現DeNA)や中日で27年間プレーし、プロ野球史上最多の3021試合に出場した。通算2108安打、27年連続本塁打を記録。捕手としてベストナインに1度、ゴールデングラブ賞に6度輝いた。「野球殿堂」は、プロ野球で顕著な活躍をした選手などの功績をたたえて顕彰する。谷繁氏は近年、『谷繁ノート』(光文社)、『勝敗はバッテリーが8割』(幻冬舎)などを上梓している。ナンバーワンと感じた投手は? 対戦した中で一番嫌だった打者は? 編集者、ライターの協力を得て、谷繁氏の現役時代の“伝説”を紹介する。

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「試合の途中で展開、勝敗の結果が8~9割読めた」               

 かつて、「投手が投げなければ野球は始まらない」と言った投手がいるらしいが、その前に「捕手がサインを出さなければ、野球は始まらない」のである。

 1980年代から2010年代までの40年間で「名捕手を3人挙げろ」と言われたら、伊東勤(西武=当時、以下同)、古田敦也(ヤクルト)、谷繁元信(横浜、中日)は異論のないところだ。

 捕手出身の森祇晶監督は伊東を育て(9年間でリーグ優勝8度)、野村克也監督は古田を育てた(9年間で同4度)。捕手出身ではない落合博満監督(8年間で同4度)にとって、谷繁が横浜から中日に移籍していたのが幸いした。まさに「名捕手あるところに覇権あり」である。

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