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 ノンフィクション作家の山田清機氏が横浜の一等地にあるドヤ街に6年通い、住人たちの話を聞いて書き上げた『寿町のひとびと』が文庫化された。文庫化にあたり、新たに現在の寿町を取材した「寿町ニューウェイブ」を追加収録した。文庫化に際して「寿町ニューウェイブ」の冒頭を特別に公開する。

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 ある夕方、ひとりの青年が横浜市街を見下ろす公園の高台に腰をかけて、暮れてゆく街の景色を眺めていた。

 所持金はほとんどない。食事をしていない。もちろん、仕事もない。高台に設置された水道で腹を満たしたら簡宿(簡易宿泊所の略)に戻るしかなかったが、戻ったところで何かが待っているわけでもなかった。

 途方に暮れて、それでもとぼとぼと階段を下っていくと、下からひとりの女性が階段を上がってくるのが見えた。ふっくらとした体形の初老の女性である。妙に厚着をしている。

なぜか女性はまっすぐに階段を上らずに、青年の方にぐんぐんと近寄ってきた。

「あんた、いい体してるね」

 女性はいきなり青年の体に触れてきた。それも、あからさまになで回すような強引な触り方だ。明らかに怪しい人物に違いなかったが、青年は拒否をしなかった。拒否をしなかったどころか、高台に戻り女性に求められるままに体を与えてしまった。その後、近くの雑居ビルの非常階段の踊り場に連れていかれて、再び女性に体を奪われている。

 なぜ、抵抗もせずにそんなことを許してしまったのか。

「普通の人じゃないと思ったし、体目当てであることもわかっていましたけれど、声をかけてくれるだけで僕には貴重な人だったんです」

 それが、青年の初体験になった。

 青年の名前は、Yという。1999年の4月21日に神奈川県の川崎市で生まれたらしい。らしいというのは、本人にも確信がないからで、母親が所持していた母子手帳をこっそり覗いたときに「川崎市」と書いてあったから、たぶんそうだろうというあやふやさである。

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Yは自分の出生に関する情報をほとんど持っていない