毎週火曜日の深夜に放送されるドラマ「恋愛のすゝめ」(TBSテレビ)では名門進学校の生徒役。学ランを着る役は多いが、カラーが入った真面目な学生服はほぼ初めて。控室では共演者の話を盛り上げるムードメーカーだった(撮影/小山幸佑)

タイのジャングルで 鳥やカエルで腹を満たす

 一ノ瀬の成功を誇らしく思い、人一倍喜んでいるのが俳優の桐谷健太(43)だ。今から10年前、桐谷がドラマで刑事役を演じた時、犯人役のエキストラで来ていた一ノ瀬と初めて出会った。スキンヘッドに黒のタンクトップ、ガタイのいい強面(こわもて)で、雑談がおもしろかった。焼き肉に誘うと、「やったー!」と跳び上がって喜んだ。それから食事と銭湯の付き合いが始まった。

「驚いた時のリアクションがデカ過ぎて最高だし、いつも別れ際にハグをほしがるし、俺が見えなくなるまで見送ってくれるやさしさがある。とにかく素直で、もらったチャンスに全力で向かっていく。それが芝居にも出ています」

 一ノ瀬にとっては頼れる俳優の先輩だ。売れない時期にもう俳優をやめようかと相談して、引き留めてもらったこともある。桐谷は言う。

「ワタルと出会って10年近く見ていますが、心の透明度がずっと高い。それは本当に素晴らしいし、尊敬するところでもあります」

 一ノ瀬が育った佐賀県嬉野(うれしの)市は、小高い山が連なり、そのふもとに田畑が広がる田園地帯だ。家は兼業農家で、父親は趣味で土佐犬を飼い、休日には闘犬の試合に出かけていた。クリクリした目がかわいかった一ノ瀬は、みんなを笑わせるのが好きな、ひょうきんな子どもだった。

 彼が5歳のとき、父親が病気で亡くなる。兄と姉はまだ小学生だった。3人の子どもを育てていけるのか、母親の江頭友紀乃(70)は不安でいっぱいだった。ある時、子どもたちと海を見に行った。下の二人は無邪気に遊んでいる。兄が隣に来て言った。「父ちゃんのところに行きたかったら、いつでもいいよ」。心を見透かすような言葉にハッとさせられ、前を向いて必死で3人を育てた。

 一ノ瀬と三つ上の姉の辻真理(41)はヤクルトの配達で小遣いを稼いだ。人見知りだった真理は、弟が自分の前に立って客に対応してくれたことを覚えている。

 小学校3、4年の時に一ノ瀬は柔道を始め、中学でも柔道部に入った。スポーツ特待生として高校に進学し、レスリング部に所属するが、1学期で自ら退学する。K-1が人気を集め、ピーター・アーツ、マイク・ベルナルドらが活躍していた。自分もあの花道を歩きたい。キックボクサーになってK-1に出場する夢を描いたが、部活の顧問の教師は、将来は新日本プロレスに入れてやると言う。断るとボコボコに殴られた。

 今と違い、当時はまだ荒っぽい人が多かった。周りの大人も教師も厳しかった。一ノ瀬は大人の男で殴らない人はいないと思っていた。

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