小国の名刺には肩書がない。「名刺交換をして、ディレクターとかエグゼクティブなんとかと書かれていると、なんとなくわかった雰囲気になっちゃう。それが嫌だな、気持ち悪いな、自分が独立するときには肩書を入れるのはやめようと思った」(撮影/伊ケ崎忍)

 身体に負担のかかる現場から外れたディレクターの人生は、急カーブを描いて新たなベクトルへと向かっていく。吐き出すアイディアが次々とユニークな形となって社会に放たれていくのだ。

 ちょうどその頃、電通PR局との間で社員の交換研修が行われることになり、小国は自ら手をあげる。そこから生まれたのが、「北島三郎づくしの36(さぶろう)パターンPR動画」だった。“電通の小国”がNHKに営業をかけてとってきた案件である。最後の紅白歌合戦を終えた北島三郎の番組をPRするというものだ。ロケは1日だけ。5カットを撮るのが精一杯だったが、その5カットにイラストを入れたりして、実に36パターンの映像をつくりあげたのだ。これが高く評価された。

 NHKに戻り、最初に依頼されたのは、「プロフェッショナル」の10周年に際してのPRだった。

 小国が出してきた答えは、「プロフェッショナル 私の流儀」というアプリだった。アプリに自身で撮った映像を入れれば、スガシカオのテーマ曲とともに、誰でも簡単にプロフェッショナルと同じフォーマットで主人公になれるという仕組みだ。が、これに対しては本当に成功するのかなど、局内からの抵抗が強かった。

「『じゃあ、何万ダウンロードされたら成功って言ってくれるんですか』と聞いたら、番組関連のアプリで過去最高が10万だから、15万と言われた。そしたら、3日で15万、1カ月で100万ダウンロードを突破した。心の中でガッツポーズをしてました」

 予算もなく、人もおらず、アイディアだけで勝負するというスタイルは、この後も変わらない。

認知症の人々が働く「注文をまちがえる料理店」 

小国の存在が一気に知られるようになるのは、「注文をまちがえる料理店」を開いてからだ。先の和田の施設で昼食時に起きたハプニングがきっかけだった。施設では、入居者たちが自ら食材を買い、調理する。取材で訪れていた小国たちは、その御相伴にあずかったわけだが、献立はハンバーグだったのに、出てきた料理は餃子(ギョーザ)だったのだ。ひき肉を使うところが一緒なだけ。しかし、その場にいる全員が何も言わず平然と食べている。

「『餃子やないか!』と誰かがつっこむだろうなと思っていたら、みんな黙って美味しそうに穏やかににこにこと食べている。衝撃的でした。でも、本当にいい風景だなあと思ったんです」

 小国の頭からはこのときの原風景が消えず、のちに認知症の人々がホールスタッフとして働く「注文をまちがえる料理店」を実際に立ち上げてしまう。「その場にいる人すべてが間違いを受け入れれば、間違いってなくなる。社会にとってはそのほうが幸せなこともあるのではないか」と気づいたからだ。このユニークな料理店の情報はまたたく間に世界150カ国以上に発信され、いまでも問い合わせが途絶えない。

(文中敬称略)(文・一志治夫)

※記事の続きはAERA 2023年12月25日号でご覧いただけます。

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