岸田首相は国連演説の中で「脆弱な国にとってこそ法の支配は重要」と述べた。それは正しいだろうが、その理念を貫くためには、圧倒的な軍事力を持つ覇権国であるアメリカが国際法に反する行動をしようとする場合、それをたしなめる勇気はなくても巻き込まれない手腕が必要だろう。
国連軽視、人権無視のイラク攻撃
そのようなアメリカの行動の一例は、2003年3月ジョージ・W・ブッシュ大統領(子)が始め、11年12月にバラク・オバマ大統領による終結にかけてのイラク戦争だ。1991年の湾岸戦争後、国連調査団等はイラクが保有する大量破壊兵器(核、化学、生物兵器、射程150km以上の弾道ミサイル)の査察を行ったが、当初、イラクは非協力的だったため、アメリカ軍は再爆撃を行い「トマホーク」による攻撃を加えた。また、イラク北部、南部には飛行禁止地域を設定し、地上からアメリカ、イギリス軍機にレーダー照射があっただけで爆撃することを日常化して、圧力を加え続けた。
95年にサダム・フセインの娘婿で工鉱業大臣だったフセイン・カメル中将がヨルダンに亡命、兵器の製造、備蓄を語ったためイラクも諦めて査察に協力的となった。98年末までに核、化学兵器に関する施設はすべて破壊されたが、病院で診断に使う細菌培養器の査察だけが済んでいなかった。