教育の名のもとに行われる虐待を受け、肉親の命を奪う事件まで起きた。ここまで、子どもを追い詰める教育熱が生まれるのはなぜか。子どもたちを苦しめないために、親や社会はどうあるべきか。AERA 2023年12月4日号より。
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教育虐待──。親による行き過ぎた教育はそう呼ばれている。
今年3月、元九州大生の長男が、実家で両親をナイフで殺害した事件も、背景に教育虐待があった。長男は、小学校の時から学校の成績が悪いと父親から殴られ、「失敗作」と罵られた。長男を鑑定した臨床心理学の専門家は、「事件は教育虐待がなければ起きなかった」と指摘した。
肉親の命まで奪う。なぜ、ここまで子どもを追い詰める教育熱が生まれるのか。
「教育虐待」という言葉を2011年、日本子ども虐待防止学会大会で初めて発表した、子どもの養育環境改善に取り組む一般社団法人「ジェイス」代表理事で臨床心理士の武田信子さんは、根っこには「大人たちの価値観がある」と言う。
「お金があり地位が高い、いわゆる『勝ち組』になる人生が幸せであるという価値観です。そうした価値観に縛られ、子どもを『負け組』にしないため、それらが獲得できるところへ、親が子どもを持っていくべきだと信じています」
武田さんは、教育虐待を親による「子どもの心身が耐えられる限界を超えて教育を強制すること」と定義する。教育熱心と教育虐待のボーダーラインは、「明確なラインを引くことはできない」としてこう述べる。
「大人が善かれと思い提案することに対し、子どもが嫌だと思えば『NO』と言え、それを大人が聞いて本人がそういうならと折れることができる。この関係性があるかないかで決まります」
例えば、子どもに美味しい食べ物をおなか一杯食べさせようとテーブル一杯に並べるのは、何の問題もない。だが、子どもが「もうおなか一杯で食べられない」と言っているのに、親が「せっかく作ったんだから全部食べなさい」と無理やり食べさせれば、子どもは悲鳴を上げてしまうのと同じ、だという。
根底にあるのは「怒り」子どもに自分の理想を託す
教育虐待をしてしまう親の傾向の一つとして、武田さんは、学歴などにコンプレックスを持っている場合があるという。特に母親は、女性であるがゆえに結婚や出産・子育てでキャリアや自分の夢を諦めざるを得ず、社会的地位が低いことも少なくない。そのため、子どもを自分の「代理」にして、戦わせていると。