ベネディクトゥスは、彼のもとに物資を運ぶロマヌス以外にはほとんど会うことがありませんでしたが、そうした隠修士としての厳格な姿勢がいつしか人々の噂となり、ある修道院の空席になった院長に彼を迎えたい、という声が高まりました。

「わたしが理想とする修行方針に、あなたたちが従ってくれるとは思えない」

 ベネディクトゥスは、彼を誘いに来た者にそう言って拒んでいましたが、その修道院の修道士たちが「なにがあってもあなたの命令に絶対服従しますから、どうか院長になってください」と懇願し続けたので、最終的には渋々ながら引き受けました。

 ところが、あらかじめベネディクトゥスが何度も念を押していたにもかかわらず、彼が定めた厳格な規則に修道士たちはすぐに音を上げ、自分たちが懇願して迎え入れたはずの修道院長を、なんとか排除したいと考えるようになります。

 なんとも身勝手な話ですが、似たような話は現代社会でもよく耳にします。外部から新しく迎える上司に都合の良い理想を投影していた部下たちは、その人物が期待外れであった時に、反旗を翻すことは珍しくないのです。それでも、現代社会においては、嫌いな人物を排除する際にも最低限のルールはあるのに対して、6世紀の修道院は外界から隔絶した閉鎖社会でしたので、なんでもありでした。
 

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