『源流Again』では、旧宅とISKLを訪ねた前夜、大きなテントの下のマレー料理店で食事した。内田さんは、まず「クイティオ」と呼ぶ麺を注文する。汁が独特の味で、高校時代にオートバイで街を走った際に食べていた。「これが、私の青春でした」と、頬張った。エビや鶏肉などを次々に注文して、味わっていく。『源流Again』の舞台巡りに、時空を合わせているようにみえた。

ゴーン事件の混乱 収拾役に選ばれて黒字軌道へと回復

 2018年4月、中国の武漢市に本社を置く合弁会社の東風汽車有限公司の取締役総裁(社長)に就任。乗用車や商用車からトラック、バスも手がけ、広州市や大連市に工場を持ち、従業員が5万人を超す大世帯だ。次々に出てくる課題に速断を下す一方、異なる文化や価値観に融合する。ここで、クアラルンプールでの体験が活きた。現地社員と同じように振る舞い、順応していく1年7カ月だった。

 2019年12月、日産自動車の社長兼CEOに就任する。長くトップにいたカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反で逮捕、起訴された後の混乱の収拾役に選ばれた。経営体制を見直し、ブランド力の回復を目指して反転攻勢に出る。コロナ禍のなかにあった2021年度、黒字軌道へ乗せた。

 クアラルンプールで、自らの歩みを振り返りながら言った。

「育ってきた環境とか自分の形を変えるというのは、ひじょうに勇気の要ることだ、と思う。ただ、相手の気持ちを理解するとか相手の気持ちになって物事を進めるということは、企業にとってもひじょうに重要で、若い人たちは自分の殻に閉じこもらず、そこから一歩出る勇気を持ってほしい」

 一緒に異文化と順応していこうよ、と呼びかけているように聞こえた。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2023年11月13日号