さらに植木さんは生死を分けた「分岐点」として、ふもとの駐車場から登り、稜線に到達した地点にある「峰の茶屋」を挙げる。
「ここから朝日岳までは吹きさらしの岩場が続き、避難できるところはありません。なので、峰の茶屋が安全に帰れた最後の分岐点です。吹きさらしの中を歩き始めてすぐに『もうダメだ』と、引き返せばよかったのですけれど、その判断ができなかったのでしょう」
1人が倒れると全員が
なぜ、これほどの悪天候に関わらず、途中で引き返したり、そもそも登山を延期したりできなかったのだろうか。
山岳医療救助機構の大城和恵医学博士は、一般論として、
「グループで登山に行くと、それぞれの予定を合わせたり、すでに交通機関や宿を手配していたりするので、日程変更をするのに躊躇してしまう。それにみんなで行くと『引き返そう』と言い出しづらいこともあると思います」
と話す。
低体温症が恐ろしいのは、本人が低体温症になって危機的状況に陥っていることに気づかないことだ。単独行で低体温症になっても本人が気つかず、救助を求めることなく意識が低下して亡くなってしまう。
大城さんの調査によると、2011~15年の間に起きた山岳遭難で、81人が低体温症で亡くなった。ところが、このうち、本人が救助を求めたのはたった1件しかない。ほかは同行者や、動けなくなった人を見つけた登山者による通報。もしくは、家族からの捜索願いだった。
「低体温症になると、脳の温度が下がって判断力が失われます。助かった人の話を聞くと、『何かをすることが面倒になって、どうでもよくなった』と言う」
実際、亡くなった人のザックの中身を調べると、防寒着や食べ物がそのまま残されていることがあるという。
しかし、集団登山であっても、低体温症による犠牲者を増やすリスクがある。
「今回、同行者から救助要請がありましたが、風雨を遮る『シェルター』のような装備なしで、動けなくなった人に寄り添っていると、その人も一緒に低体温症になってしまう」
動けなくなった同行者にどう対応すればいいか、判断は非常に難しいという。