福岡県のひきこもり当事者の交流会の一コマ。カラーセラピーの講座をアバター(オンライン上の分身)の参加者が「着席」して受講している
(撮影/NPO法人JACFA提供)

「メタバース」とは、インターネット上の仮想空間のこと。福岡県が2022年度から始めたのは、メタバースを活用した就労支援の取り組みだ。参加者は自分自身の分身である「アバター」を介してその空間を自由に動き回れる。また、アバターを介しつつも「チャット機能」を使って、テキストやマイクを通じた肉声でのやり取りもできる。

 男性が誘われた交流会は、就労支援の実証事業「ふくおかバーチャルさぽーとROOM」の一環。現在も、定期的に開催されている。若年から中高年まで、長期無業者を対象とし、利用者は20~40歳代の約30人。事業の立ち上げに関わった、福岡県労働政策課の占部真示・就業支援係長はこう話す。

「サポステなど、就労支援の窓口はもともとある。でも、外出困難者や会話が苦手な人は、入り口にたどり着くまでに躓(つまず)いてしまう。足も向かず、電話をかけるのも苦痛だと。支援に結びつくのに何年もかかるのが現状です。入り口の『ハードル』を下げ、支援につながるまでの期間を短縮するのに、メタバースが有効だろうと考えました」

安心感大きかった

 冒頭の男性はオンラインゲームの経験があり、メタバース上での交流会も「同じようなものかな」と思って参加。実際は、オンラインゲームでのチャットコミュニケーションとは異なり、交流会が一種の「コミュトレ(コミュニケーショントレーニング)」にもなっていたと話す。

「家でゲームをしていた時は、チャットで人とつながっているのに孤独だった。相手の属性がわからず、『相手はきっと勝ち組。でも自分はひきこもりだ』と疎外感があった。でも交流会は、自分と同じような人が集まる安心感が大きかったですね」

 ある交流会では、音声チャットで悩みを打ち明けた。すると、仲間が共感の声を寄せた。クイズ大会や、夏にはバーチャルのスイカをアバターの参加者たちで一斉に食べる遊びをすることもあった。男性は振り返る。

「人と交わる楽しさって、こんな感じだったと思い出した」

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