香港の日本総領事館前で、日本政府に対し、処理水の海洋放出撤回を求めて抗議する親中派政党のメンバー=8月23日、香港
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 東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出に対する中国の反発が止まらない。日本産の水産物の輸入を全面停止しただけでなく、中国国内での加工や調理、販売も禁じる徹底ぶりだ。そんな中国の激しい反発は、米中対立をめぐる戦いの一環である「認知戦(情報戦)」だと、中国の外交・安全保障政策を分析する防衛省防衛研究所・地域研究部中国研究室の飯田将史(まさふみ)室長は指摘する。

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 飯田さんは、処理水の放出に対する批判や対抗措置は、中国が切ってきた「対日カード」の一つであり、少なくとも半年以上前から準備されたものだったと話す。

 中国メディアのチェックを続けている飯田さんによると、1年ほど前から中国共産党機関紙の人民日報を中心に、「日本国内でも処理水放出に対して反対がある」といった記事が継続的に掲載されていた。飯田さんはこの動きを、処理水問題を「対日カード」として使うための環境づくりと見ていたのだという。

 この「対日カード」の目的は何か。

「日米同盟にくさびを打ち込む、というのが一番大きな目的でしょう」

  と、飯田さんは言い切る。

 中国にとって主要な「敵」は、中国に対して非常に厳しい姿勢をとるバイデン政権の米国。同盟国や同志国との連携強化によって「中国包囲網」を築いてきたが、中国から見て、その先陣を切ってサポートしてきたのが日本だ。

「中国では日本の対中政策に対する不満が溜まっていて、その姿勢を変えたい。それに処理水放出問題が利用できると考えたのでしょう」
 

 中国は今、いわゆる「認知戦(情報戦)」を展開しているという。

 認知戦は、個人の思考や感情、記憶などの「認知領域」を戦場の一つととらえ、フェイクニュースといった偽情報などによって世論に働きかけ、国民や国際社会の不信の感情を増大させ、政治体制を弱体化させることを目的とする。

 いわば「戦わずして勝つ」という「孫子の兵法」である。
 

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中国が仕掛ける「認知戦」の狙いは