戦法としての「認知戦」は、近年でも実例がある。2014年、ロシアによるウクライナ領クリミアの併合だ。ロシアは、クリミア自治共和国で多数派を占めるロシア系住民がウクライナ人によって迫害されている、といったフェイクニュースを流布し、その後の住民投票でロシアへの編入が決定された。
「中国は認知戦の重要性を改めて認識し、それを実行してきたのでしょう。今回の件では、核燃料デブリに触れた『核汚染水』が直接海に放出されている、といったフェイクニュースが中国から流れています。その背後に中国国家があるのかはわかりません。ただ当局は、既存メディアを使って国内、そして国際的な世論に影響を与える伝統的なやり方をずっと行ってきました」
中国政府の困惑
事態は、中国の思惑どおりに進んでいるのだろうか。
「いいえ、当初中国が想定していたほどの効果を上げていないと思われます。おそらく、認知戦としては大きな失敗でしょう」と飯田さんは話す。
日本国内で処理水放出に反対する意見が広がっているようには見えず、
「国民の多くが『中国の主張に合理性はない』と感じているのではないでしょうか。むしろ今回の中国の行動は、日本人の嫌中感情を高める結果に行き着くでしょう」
と飯田さんは話す。国際的にも中国の主張がインパクトを与えたのは、韓国の野党勢力くらいではないかという。
「文在寅政権時代であれば、中国の目的が達せられた可能性が高いと思いますが、韓国に尹政権が誕生し、中国が想定していた以上に日韓関係の強化に政策のかじが切られた。なので、処理水放出批判によって日韓を離間させる効果はほとんどないと思われます。これは中国にとって誤算だったでしょう」