鶴竜引退の断髪式ではさみを入れる朝青龍(右)

 豊昇龍ことスガラグチャー・ビャンバスレンは1999年5月22日、モンゴル・ウランバートルに生まれた。祖父・ドルゴルスレンさんはモンゴル相撲の関脇で、その長男である父は男4人・女1人の5人きょうだいのいちばん上。四男の朝青龍は豊昇龍より19歳上の叔父さんで、豊昇龍が生まれた時、すでに日本に渡って大相撲に入門していた。大関に昇進してモンゴルに凱旋(がいせん)した時、3歳だった豊昇龍は、強くてかっこいい叔父さんのそばにくっついて離れなかったという。

 憧れの存在と慕う豊昇龍を朝青龍もかわいがり、横綱昇進後も、モンゴルに帰った時によく一緒に湖に行って釣りをしたという。朝青龍の兄弟は、豊昇龍の父を含めみなモンゴル相撲の実力者で、次男はレスリングの五輪代表を経て総合格闘家になり、三男もブルー・ウルフという名で新日本プロレスで活躍した。しかし、その子どもたち、つまり豊昇龍のいとこの世代で格闘技をやっているのは豊昇龍だけ。自分が格闘家一族の血を受け継がなければという思いを強くして、柔道やレスリングに打ち込んだ。

 15歳の時、千葉の柏日体高校(現日体大柏高校)にスポーツ留学。体重60キロ台と細く、当初は相撲部ではなくレスリング部に所属していたが、国技館で初めて本場所を見て、この舞台で頂点に立った叔父さんへの尊敬の念を新たにし、「自分も横綱になる」と決意して相撲部へ転部した。叔父さんの現役時代の相撲の動画を見て、「自分にもこの技を教えてください」と監督に頼み込んだ。卒業後は迷いなく叔父さんの後を追い、大相撲の世界に飛び込んだ。

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横綱相手では6戦全敗