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五〇ページものボリュームを割いた「序章――誘拐――」で描かれるのは、平成三年(一九九一年)に神奈川県下で発生した特異な誘拐事件だ。一二月一一日の夕刻、厚木市内で二人組の男に小学六年生の少年が拐われ、犯人は電話で母親に身代金を要求した。通報を受けた警察は、警視庁の特殊事件捜査指導官を含む総勢二七九名からなる対策チームを編成。翌一二日、警察のバックアップを受けた両親が身代金受け渡しのために動き出した矢先、横浜市中区に暮らす資産家から「四歳の孫が誘拐され、身代金を要求された」という新たな通報が入る。すでに厚木に配備している警察官を、山手に回すのは難しい。残った人員の中から二件目の誘拐事件の対応を任せられたのは、かつて県警本部の特殊班にいた所轄刑事・中澤洋一だった。
犯人サイドと被害者・警察サイドとの丁々発止のやり取りをリアルタイムで表現できる誘拐は、ミステリーおよびサスペンスの花形だ。数多くのクリエイターが果敢にチャレンジしてきたが、「二児同時誘拐」は前代未聞と断言できる。この着想について、何よりもまず作家に聞いてみたかった。