この黄色派と赤派の軋轢は、2014年、赤派のバンコク中心部占拠まで発展する。これに対して軍は戒厳令を発令し、クーデターにつながる。そして軍のプラユット氏が首相になり、軍事政権が5年間続いた。
前述したように軍事政権は憲法を改正し、2019年に総選挙を実施した。ここでも多数の支持を得たのはタクシン派のタイ貢献党だった。ただ、過半数には届かず、次に得票が多かった「国民国家の力党」が他の中小の政党と連立を組み、過半数を確保して政権を取った。この党は軍人が党首を務める軍寄りの政党で、政権も軍の影響を強く受けることになった。
革新政党が第1党に
今回の下院選挙は、そうした歴史を背負って行われた。ここで、タイの政治体制そのものの革新を訴える前進党が躍進したのだ。これまでの選挙で圧倒的に強かったタイ貢献党が初めて負けて、下院第2党になった。
前出のPさんはこういう。
「前進党の人気はすごかった。常にトップだったタイ貢献党が前進党にその座を譲った。チェンマイがその象徴です。チェンマイはタイ貢献党の本山。タクシン氏の地元ですから。でも、今回の選挙では2議席しかとれなかった。前進党は7議席。タクシン氏は根っからタイの貧困層を救おうというタイプじゃない。でも、目的はどうであれ、農民の暮らしは確実に底上げされた。タイは豊かになった。それがタイ貢献党の役割だった気がする。ただその役割はもう終わったと」
豊かになったタイ、そして変わる政治への意識。その象徴ともいえる前進党の勢いに軍系与党や保守派は危機感を抱いた。