東海大出身では、東海大甲府(山梨)、立正大淞南(島根)、東海大熊本星翔(熊本)の監督がいる。
東海大甲府の村中秀人監督は東海大相模(神奈川)出身で、74年から76年まで甲子園は夏3回、春1回出場した。彼の高校、大学同期には、読売ジャイアンツの原辰徳監督がいる。
■母校で指揮をとる監督も多い
5位は亜細亜大、国学院大、法政大、早稲田大、愛知学院大、立命館大。それぞれ2人の監督を生んだ。
法政大出身の監督は土浦日大(茨城)、智弁学園(奈良)。
土浦日大の小菅勲監督は取手第二(茨城)出身で、84年夏の甲子園で優勝した。このときの決勝の相手は清原和博さん、桑田真澄さん擁するPL学園であり、高校野球ファンをあっと言わせた。
智弁学園の小坂将商監督は同校出身。95年夏、主将として智弁学園を4強に導いている。
愛知学院大は市和歌山(和歌山)、沖縄尚学(沖縄)の監督を生んだ。沖縄尚学の比嘉公也監督は同校出身で、99年春の選抜大会でエースとして沖縄に初めて優勝旗をもたらした。
立命館大出身には立命館宇治(京都)、明豊(大分)を率いる指導者がいる。
立命館宇治の里井祥吾監督は京都府立鳥羽高校から立命館大に進んだ。鳥羽は夏の全国大会=全国高校野球選手権大会の前身、全国中等学校優勝野球大会の第1回優勝校、旧制京都第二中学(京都二中)の流れを汲んでいる。
京都二中は戦後、新制高校に切りかわってまもなく廃校となった。その後、京都二中があった敷地内、84年に府立鳥羽高校が開校する。同校は体育系のコースを設置し優れた選手が集まり、2000年、15年夏の全国大会に出場した。同校野球部出身者には元大リーガーの平野佳寿(オリックス)がいる。
明豊の川崎絢平監督は智辯和歌山(和歌山)出身だ。川崎さんは同校で1997年から99年まで3年連続夏の全国大会に出場しており、97 年に優勝している。
甲子園出場監督をみると母校で指揮をとるケースは少なくない。
前述した星稜、市和歌山、智弁学園、徳島商業、東海大熊本星翔、日大山形、沖縄尚学のほかに仙台育英(宮城)、前橋商(群馬)、文星芸大附(栃木県)、浦和学院(埼玉)、日大三(西東京)、慶應義塾(神奈川)、富山商業(富山)、愛工大名電(愛知)、履正社(大阪)、社(兵庫県)、広陵(広島)、鳥取商業(鳥取)と合わせて19校にのぼる。