■めざすは明日の心配をしなくていい社会
――経済学者アンガス・マディソン(1926〜2010)の長期経済推計調査によると、人類は紀元1年からずっとゼロ成長が続いていて、それが19世紀になると1人当たりGDPが2%成長に急激に上昇したそうです。そのころ所有権などの法整備が整い、産業革命の技術の粋を資本にもっていける基盤が整ったからです。つまり所有権が成長を生んだことになります。所有権は民主主義、個人主義の基盤でもあるので、多くの人はこれを必要と考えているのではないですか。
水野:17世紀の英国の哲学者ジョン・ロック(1632〜1704)は「所有権」の正当化を主張した人ですが、「所有権は正義でもあり悪でもある」と言っています。前後の文脈を読むと、豊かな人は死にそうな人を助けなければいけない、それも豊かな人の所有権に含まれている義務だと言うのです。
――欧州の富裕層には今もそういう思想が残っているのでしょうか。
水野:そうですね。ただ、だんだん社会が大きくなっていくと、倒れている人がどこにいるのかわからなくなる。それで生まれたのが福祉国家です。社会保険、失業保険、介護とか。ロックの思想をもとに、第2次大戦後の英国では社会保障制度の土台となったベバリッジ報告が出てきました。困っている人を助けようにもお金持ちはなかなか目が届きません。そこでその代わり累進課税にして、困っている人を救うための負担を金持ちにさせることにしたのです。その仕組みがいま崩壊しつつあります。
世界のビリオネアの総資産は13兆~14兆ドル、日本円にして1600兆円超あります。もし、その半分でもコロナ禍の対策のために寄付していれば、800兆円が捻出できました。だけど、そんなことをビリオネアからは言い出しません。コロナ基金を作って病院を設けましょう、などという動きはなかった。欧州の伝統もなくなり、困っている人がいたら「自助努力が足りないからだ」ということになってしまいました。