この20~30年で起きたのは、資本は成長しているけれど賃金が下がっている、ということです。「成長があらゆる問題を解決する」というのは、いまや資本家だけについて言えることです。その背後で働く人々は踏み台にされ、生活水準を切り詰めることを迫られています。先進国はどこも一緒です。米国ではトランプ現象が生まれ、欧州ではネオナチが移民排斥を唱え、英国は欧州連合(EU)からの離脱を選びました。先進国はどこもガタついている。民主主義国家の数が減って、専制主義や権威主義の国が増えているのはそのためです。 

――成長で人々は豊かになれなくなったと?

水野:アベノミクスが失敗したのは、そもそも近代の土台となってきた、中間層を生み出す仕組みがなくなってしまっているためです。いままでは成長で中間層が増え、みなの生活水準が上がっていった。そこまでは、成長はいいことだ、ということで良かったのですが、成長しなくなったとき、いったい何をめざしたらいいかわからなくなってしまったのです。安倍晋三元首相も成長の先にどういう社会をつくりたいのか、結局言えませんでした。本当は「成長」は最終目的ではなくて、中間手段のはずなのです。  

 経済産業省の産業構造審議会の分科会が出した、悪名高き「伊藤レポート」というのがあります。伊藤邦雄・一橋大教授(当時)が2014年に座長となってまとめたものです。ここで日本企業はROE(株主資本利益率)を8%以上にする目標が掲げられました。さらに欧米企業の水準である15~20%まで上げてほしいということも、明文化こそされなかったけれど報告の行間に漂っていました。     

 当時、日本企業の平均的なROEは5~6%でした。つまりアベノミクスというのは「ROEを5%から8%に引き上げよ」という資本の成長戦略だったのです。安倍政権は、成長の主語が資本家だということを隠していたのではないでしょうか。

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成長の主語は資本家だった