学生の頃、一度だけ彼の部屋で同棲したことがある。

 彼はミクさんとは正反対の綺麗好きな性格で、なんでも定位置に置かないと気が済まず、ミクさんが散らかした部屋をどんどん片付けていき、きちんとしないと叱られた。ミクさんの弱点は他にもたくさんある。朝が極端に弱い。食事の後片付けはきれいな食器がなくなったら。連絡が遅い……きちんとしたい彼にはイラだつことが多く、何かと説教タイムになった。それもミクさんにとってはプレッシャーで、ストレスから胃痛になることもあった。

 結局は口喧嘩が絶えなくなり、半年で破局。

「今、派遣で歯科クリニックや病院の受付をしていて、その時だけメイクしてきちんとしていればあとは部屋でジャージを着て、好きなだけゴロゴロしていられる。彼が欲しいけど、この誰にも気を使わなくてもいい快適さをなくすのが辛すぎる」

 じゃあ一緒にジャージ姿で、汚い部屋でも楽しく過ごせる彼氏を探せばいいのに!……というのは素人考え。やはり彼の前ではきちんとした自分を見せなくちゃというプレッシャーが働いて、素のままではいられない。こうしてマッチングはするものの会うことはない、理不尽なマッチング・アプリ症候群が延々と続くのだ。

 ミクさんのように自分へのネガティヴな評価に敏感な人にとって、マッチング・アプリというのはかなり都合のいいツールだ。

 そもそもアプリの仕組みでは相手が負の感情を持ったらマッチングしないし、メッセージも送られてこない。みんな自分のプロフィールや写真を見た上で繋がりを求めているから、安心して次のステップに行ける。

 仮に気持ちがマイナスになっても、黙ってフェイドアウトすればいいだけだ。

 アプリからのリアルデートで関係に問題があって離れることになっても、そこに言い争いや修羅場など、強烈な負の感情は発生しないだろう。せいぜい「ああ、ダメだったか」「他の誰かに競り負けたか」という徒労感があるだけだ。

次のページ