その通りだ。だけど、あらためてそう問われてみると、私の内心にも、ろう者に対して「聞こえないのはかわいそう」とか、「聞こえないのに頭がいいなんてすごい」といった考えがないとは言い切れない。
そのことを認めると、女性は「そういう心理的な反応は自然なことだと思います」と言った。大事なことは、「うちの親のように、振り返って、あれは先入観があったかもと考えることではないでしょうか。心理的なバイアスは誰にでも起きますから」。そう淡々と語る女性の姿を見ていると、何度もそうした偏見や差別に悩み、葛藤してきたのだろうと想像できた。
■米国で認められた「スペシャル」な能力
女性の学生時代の話に戻る。地元の進学校を卒業した女性は浪人し、その後、地方の国立大学に進み、別の国立の大学院も出た。教育や心理学を学んだが、「できる人とできない人のどちらにも嫉妬して、心がめちゃくちゃ」な状態だったという。さらに不安定になった女性は、「自分はいるべき存在じゃない」とリストカットなどの自傷行為を繰り返していた。
転機は、米国への留学だった。語学を学んだあと、米国の聴覚障害者が多く通う大学院に入った。留学4年目のある時、心の不調を訴えると、学部長から「知能検査をしてみよう」と勧められたという。
知能検査の「WAI-IV」を受けた結果、四つの指標のうち、作業の速度を測る「処理速度」がIQ140と極めて高いスコアが出た。目で見た情報から形を推理する「知覚推理」もIQ117と高い数字が出た。一方、ことばの理解力や推理力、思考力を示す「言語理解」はIQ98、「ワーキングメモリー」はIQ95と平均的だった。
女性は「ただ、びっくりでした。なんとなく人より高いとは思っていましたがまさかこれほどとは」。そして、学部長に伝えると、「驚かないよ」と言ってくれた。
学部長から、「レポートが理路整然としていて深く考えていたから、普段から教授陣の間で評価していたんだ」と伝えられた。そして「今まで出会った中でスペシャルな生徒の一人だ」とたたえてくれた。障害に関係なく、自分の能力だけを認めてくれたことがうれしかった。