朝日新聞で、コラム「アロハで猟師してみました」や「新聞記者の文章術」を担当する近藤康太郎のもとには、文章の書き方や勉強の仕方を学ぶため、社内外の記者が集まってくる。その文章技法を解説した『三行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾』(CCCメディアハウス)に続き、読書法や勉強の仕方についてまとめた姉妹編『百冊で耕す <自由に、なる>ための読書術』(同社)が刊行された。自分を耕し、育てる本の読み方とは? 読書の効果とは? 一部を紹介する。
* * *
読書の御利益1:
地獄の現実から逃げられる
本を読むと、現世的な御利益がある。ふたつ。
現世利益の第一は、逃げ足が速くなること。正確に言えば、逃げる気力がつくことだ。世の中に、恵まれた人はいない。すべての人間が、抑圧の元に生きている。「まさか」と思うなかれ。その証拠に、人間は、だれでも生まれる時に、大泣きに泣いて生まれ出る。
生れ落ちるや、誰も大声挙げて泣叫ぶ、阿呆ばかりの大きな舞台に突出されたのが悲しうてな。(シェイクスピア『リア王』)
苦しみばかりの人生に、俗物ばかりのくだらん世界に、無理やり生み出されるのが悲しくて、赤ん坊は泣いている。
では、そんな世界から逃げ出す方策はあるのか。あるともないとも、ここでは答えない。ただ、逃げ出すこと、沈みゆくタイタニック号の外を「想像する」ことは、少なくともできる。文学も音楽も、映画も芝居も絵画も、アートとはそのためにある。
なかんずく、読書だ。読書は、世界の外を、沈みゆくタイタニック号の外を想像するためにある。
沈みゆくタイタニック号とは、それはなにも、閉塞感強まる日本社会とか、温暖化による世界の終わりとか、そんな、大文字のことばかりを指していない。長年つきあった恋人に別れを告げられた。愛する人に先立たれた。かわいがっていた犬や猫が死んだ。そんな、人から見れば“小さな”ことでも、本人にとっては生き死にの問題だ。