だが、普段は現地からくるスペイン語のテレックスやファクスを読み、注文があった車種や台数、車体の色などを生産部門へ伝える「受け」の仕事の繰り返し。「攻める」ことはできないし、相手の自動車市場がどんな状況なのかもみえない。目標は「市場の動きを肌で感じて、売れる商品を考え出す」だったから、ギャップは大きい。
『源流Again』では、釧路で仕事先を訪ねてから、マイクロバスで網走へ向かった。まず釧網線北浜駅の海岸に寄り、原生花園の浜辺へ下りて、海の彼方に白く光るものをみつめる。
浜辺へ下りて、ひと言。「あのとききたのは、この海岸だった、と思う。でも、すぐそばまで氷に覆われていたし、景色が違う気がする。ここでは、なかったのかな」。確認するように海をみつめた。
■砕氷船の甲板で思わず声に出た「毎年、来たい」
翌朝8時、鈴木さんと乗った観光砕氷船が網走港を出た。港の外にいくと、流氷のかけらが浮いている。左手に、オオワシが飛んできた。次に現れたのはオジロワシ。海面上を飛び、流氷の上に止まった。次々にみせる北の海らしい景色に、鈴木さんがスマホのカメラを向ける。
「感動、もう何も怖くない」
「氷が砕ける音がすごい。この船に乗って、よかった」
37年前は大自然を全身で受け止め、仕事やプライベートの悩みを吹っ切った。今回は、自然の大劇場を楽しめた。縁あってエステーの社長になって10年、販売や生産の現場で何が起きているか、毎週月曜日以外は巡回した。ムダな残業が続いてはいないか、細かい目配りはトップの責務。課題はあっても、迷いはない。社会人になって2年目で訪れたときとは状況も違い、流氷の観方も違う。
「来年も来たい。毎年、来たい」──そうつぶやいて、自らの『源流』を確認した。
「旅」は、鈴木さんの歩みにとってキーワードだ。中学3年のとき、貯めた小遣いで友人と2人で鹿児島県の与論島へ旅行した。ポスターで大きな写真をみて「こんなに美しい島が日本にあるのか」と驚き、「いかねばならぬ、せっかくなら船で海からいこう」と決めて、東京湾からフェリーで2日半かけていった。