釧路市の「北都」の工場でトドマツの樹液抽出を見学し、香りを活かす「エアビズ」への意欲をさらに高めた(撮影/狩野喜彦)
釧路市の「北都」の工場でトドマツの樹液抽出を見学し、香りを活かす「エアビズ」への意欲をさらに高めた(撮影/狩野喜彦)

 傍目には「貴子ちゃんの大冒険」と映っただろう。でも、いってみたい気持ちに素直に従っただけ。母も姉2人も止めなかった。やると言い出したら聞かない、と分かっていたようだ。

 流氷を再訪して、思い浮かべた「旅」がある。2006年6月のマドリード出張だ。ルイヴィトンジャパングループ(現・モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)で、皮革製品で知られるスペインのロエベの宣伝・広報を担当していた。マドリードにあるロエベ本社が創立160周年の記念行事を開いて、世界中からお客を招き、自分も日本の主要な取引先や客を連れていく。

 ところが、日本からの客の席が確保されていないことがあって「お招きしておきながら、これは違う」と思う。普通は「違う」と思っても、胸に納めておくのだろう。でも、自分に嘘をつくようで嫌だった。躊躇なく本社の社長に会いにいき、スペイン語で「これは、おかしい。失礼でしょう」と言い切った。

 直言が終わると、脇にいた日本の上司に「このくらい言わないと、この人たちにはわからないのです」と言って、ニコッと笑う。網走で得た「本当にやりたいことを、やりたいようにやっていく」という割り切りが、出た瞬間だった。

 エステーは、祖父が戦後に起こした防虫剤の町工場を、父が消臭剤などへ事業を広げた会社。ロエベの仕事を離れてフリーになっていたとき、当時の社長だった叔父に「デザイン革命」のコンサルタントを頼まれ、引き受けた。1年後に入社し、さらに4年後に社長となった。

■意識改革のため長話をさえぎる机の上の砂時計

 守旧的な発想から抜け出せない幹部らの意識改革に、3分間の砂時計を使った。何しろ、会議が長い。案件を説明にきて決裁を求める面々も、前置きが多い。もう終わった話よりも、進行中のプロジェクトを議論したい。そこで、話を聞く前に机の上の砂時計をひっくり返して「砂が落ち切るまでに終えてね」とプレッシャーをかける。

 業績が回復し、2018年3月期に3期連続で増収増益となり、13年ぶりに過去最高益を更新した。厳しかった父が「よくやったな」と褒めてくれた。叱られた記憶はあるが、褒めてもらったことは一度もない。本当に、うれしかった。

 流氷を観る前に釧路市で訪れたのは、北海道の森林に多いトドマツの葉から樹液を抽出している工場だ。樹液には、空気を浄化する作用に優れた成分が含まれる。これを、グループの日本かおり研究所が国立の森林研究・整備機構と開発した独自の方法で抽出し、花粉症対策や消臭に活かした商品にしている。クリアフォレスト事業と呼ぶ。

 それまで枯れ落ちるだけだったトドマツの葉。成分に抗酸化や消臭、花粉アレルギーの低減の効果が見込まれ、需要は世界中にある。きれいな空気と適度な温度や湿度に、心地よい香りを組み合わせた「エアビズ」。この6月20日に会長になるが、4月には欧米の「香り市場」を視察してきた。鈴木さんの「旅」に、終わりはない。(ジャーナリスト・街風隆雄)

週刊朝日  2023年6月12日号

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