上の世代の発言力が弱まり、日本自体が若かったのですが、それにしても若い。

斎藤:38歳は今なら若者の範疇ですよね。取り上げている本のラインアップがまたすごいですね。『野火』『真空地帯』『二十四の瞳』『潮騒』と、今日に残る文学を新刊で取り上げている。

永江:それが時代を下っていくと、こんな本あったっけとなる。それは出版点数が増えていくからしょうがない。70年代のはじめは出版点数が2万点くらい。80年代に3万点になり、2000年代になると7万点、8万点となり、その分、書籍は玉石混交となる。

 点数が増えて、読者のためのバイヤーズ・ガイドとしての書評の役割が出てきたように思います。

斎藤:匿名か署名かの問題もありますね。

永江:週刊図書館の場合、匿名からスタートし、60年代から署名になります。

斎藤:朝日新聞本紙は80年代までは匿名だったと思いますよ。匿名書評と署名書評とどっちがいいかという議論があった。匿名のほうが忌憚のないことを書けるけれど、署名は忖度が働いてしまうとか。そんなことでもめていた気がする。

永江 『死の商人』も署名原稿だったら、ここまで批判的に書けなかったでしょう。

■大江健三郎による32本の書評

斎藤:初期に辛口だったのはいい本がそれほどないためで、ある時期からいい本が多く刊行されるようになった。それで批判的なことを書かずに済むようになったと丸谷さんが解説しています。

永江:複数の本を取り上げて書評するというのも週刊図書館がやったのではないですか。丸谷さんの書評で、三省堂の大辞林と講談社の日本語大辞典を比較して書評したときに、「広辞苑、危うし」というタイトルを編集部がつけた。岩波書店から猛烈な抗議があって、編集者が「どうしたらいいでしょう」と丸谷さんに相談したら、丸谷さんが「鞍馬天狗、危うし」というのは鞍馬天狗が絶対的に強いから言うのになあ、と呟いた。編集者がその言葉そのまま使っていいですか、と(笑)。

 大江健三郎も書評していますね。全部で32冊。『冷血』を「アメリカ社会の外縁の荒涼たる歪みを体現している」と読んでいる。こういうふうに読んだのか、と。

斎藤:『ゲバラ日記』にギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』、クンデラの『冗談』を取り上げていますね。

永江:大江さんの週刊朝日での最後の書評は『ゴッドファーザー』で、結びは、「もっとましな読書がありうることはいうまでもなかろう」です。映画に比べて原作はあまり知られていませんから、週刊誌ならではの選書として取り上げる価値があると考えたのかもしれません。

(構成/小柳学)

週刊朝日  2023年6月2日号