AERA 2023年3月27日号より
AERA 2023年3月27日号より

 静岡県のメーカーで働く男性(60)は、かつて班長として部下を抱えていた時期があるが、課長への打診を断ったことがある。当時、45歳。とても忙しく、まだ保育園児だった2人の子どもの世話は、金融機関でフルタイム勤務をしている妻に任せがち。長期の海外出張に行った時に、妻が精神的にまいってしまったこともあったという。男性は、

「会社からはコストダウンを厳命されていたけれど、人を減らすことしか解決策がない状況だった。その分の仕事は、管理職がカバーしなければならないことは明らか。私がこれ以上忙しくなれば、妻が倒れてしまうと思いました」

 と振り返る。妻が仕事を続けることを希望したことに加えて、右肩下がりの経済状況を考えると、共働きを続けられる「持続可能な働き方」を夫婦ともに選択する方が賢明だと判断したという。以来、イチ社員として定年までを過ごし、現在は再雇用の身だ。あの時の判断について男性は、こう話す。

「後悔は全くないです。管理職になっても、たいして給料は上がらない。休日もない状態で働き続けていたら、私自身の心身も家族もボロボロになっていたでしょう」

 常見さんは、若い世代を中心に同様の価値観が広がっているとし、

「ストレスなく続けられるということは、働き方のひとつの答え。偉くなるより、一人前になりたいと考え、その選択ができるようになった」

 と時代の変化を評価する。

 けれど、管理職になりたくない人ばかりになると、組織が立ち行かなくなってしまうケースも出てくるだろう。打つ手はないのか。突破口になるかもしれない興味深いデータがある。

■意欲が高いのは

 21世紀職業財団(東京都)が22年、従業員101人以上の企業に勤務している20~59歳の正社員男女4500人を対象に行った調査によると、「管理職になりたい」割合は、総合職男性24.8%、総合職女性12.0%と、男性のほうが高かったが、「管理職に推薦されればなりたい」との回答は男性31.3%に対して女性は33.2%。わずかに、女性が上回っているのだ。

 事業創造大学院大学の浅野教授は、

「上を目指したい気持ちのある女性は多いけれど、躊躇(ちゅうちょ)があることがわかる。自信が持てなかったり、子育てや夫との関係などを考えてしまったり。甘えているように見えるかもしれないけれど、その一方で、推薦されるなど後押ししてくれる理由があれば、管理職をやろうという女性はいるのです」

 と話す。

 また同財団の別の調査では、女性は男性に比べて、年齢が上がっても仕事への意欲が衰えないこともわかっている。内閣府によると、民間企業の女性管理職比率(課長相当職)は21年時点で12.4%だが、管理職のなり手不足に悩む企業は、この女性たちの意欲を見逃す手はないだろう。

「男女問わず、働く人は上司の言葉、態度、雰囲気で自分が評価されているか否かを感じ取り、それがやる気につながる。性別に基づくアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り除き、今こそ企業は本気を見せる時です」(浅野教授)

(編集部・古田真梨子、小長光哲郎)

AERA 2023年3月27日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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古田真梨子

古田真梨子

AERA記者。朝日新聞社入社後、福島→横浜→東京社会部→週刊朝日編集部を経て現職。 途中、休職して南インド・ベンガル―ルに渡り、家族とともに3年半を過ごしました。 京都出身。中高保健体育教員免許。2児の子育て中。

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