静岡県のメーカーで働く男性(60)は、かつて班長として部下を抱えていた時期があるが、課長への打診を断ったことがある。当時、45歳。とても忙しく、まだ保育園児だった2人の子どもの世話は、金融機関でフルタイム勤務をしている妻に任せがち。長期の海外出張に行った時に、妻が精神的にまいってしまったこともあったという。男性は、
「会社からはコストダウンを厳命されていたけれど、人を減らすことしか解決策がない状況だった。その分の仕事は、管理職がカバーしなければならないことは明らか。私がこれ以上忙しくなれば、妻が倒れてしまうと思いました」
と振り返る。妻が仕事を続けることを希望したことに加えて、右肩下がりの経済状況を考えると、共働きを続けられる「持続可能な働き方」を夫婦ともに選択する方が賢明だと判断したという。以来、イチ社員として定年までを過ごし、現在は再雇用の身だ。あの時の判断について男性は、こう話す。
「後悔は全くないです。管理職になっても、たいして給料は上がらない。休日もない状態で働き続けていたら、私自身の心身も家族もボロボロになっていたでしょう」
常見さんは、若い世代を中心に同様の価値観が広がっているとし、
「ストレスなく続けられるということは、働き方のひとつの答え。偉くなるより、一人前になりたいと考え、その選択ができるようになった」
と時代の変化を評価する。
けれど、管理職になりたくない人ばかりになると、組織が立ち行かなくなってしまうケースも出てくるだろう。打つ手はないのか。突破口になるかもしれない興味深いデータがある。
■意欲が高いのは
21世紀職業財団(東京都)が22年、従業員101人以上の企業に勤務している20~59歳の正社員男女4500人を対象に行った調査によると、「管理職になりたい」割合は、総合職男性24.8%、総合職女性12.0%と、男性のほうが高かったが、「管理職に推薦されればなりたい」との回答は男性31.3%に対して女性は33.2%。わずかに、女性が上回っているのだ。
事業創造大学院大学の浅野教授は、
「上を目指したい気持ちのある女性は多いけれど、躊躇(ちゅうちょ)があることがわかる。自信が持てなかったり、子育てや夫との関係などを考えてしまったり。甘えているように見えるかもしれないけれど、その一方で、推薦されるなど後押ししてくれる理由があれば、管理職をやろうという女性はいるのです」
と話す。
また同財団の別の調査では、女性は男性に比べて、年齢が上がっても仕事への意欲が衰えないこともわかっている。内閣府によると、民間企業の女性管理職比率(課長相当職)は21年時点で12.4%だが、管理職のなり手不足に悩む企業は、この女性たちの意欲を見逃す手はないだろう。
「男女問わず、働く人は上司の言葉、態度、雰囲気で自分が評価されているか否かを感じ取り、それがやる気につながる。性別に基づくアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を取り除き、今こそ企業は本気を見せる時です」(浅野教授)
(編集部・古田真梨子、小長光哲郎)
※AERA 2023年3月27日号より抜粋